第2話

リビングのローテーブルの上に、札束が置かれている。

さっき猿がポンと弾いて見せた、それ。


俺はまだ半分夢の中みたいな顔して、それを見つめてる。


猿はテーブルに肘をついて、じっと俺を見ていた。


「なあ。住まわせてくれへんか?」

「……は?」

「ここ、ええ立地や。駅から近いし、出入りも自由きく。しばらく潜らせてもらいたいんや」

「ちょ、待て待て待て……お前、今なんて言った?」

「ワイ、ここに住みたい。言うたやん。色々と条件がええんや、お前含めて」

「冗談だろ? 俺の家に? お前が? 猿が?」

「せや。……金は払う」


そう言って、猿は札束の上にもう一つ、ドスンと新たな塊を置いた。

同じく100万。まじで、まじもんだ。


「……今、200万お前にやる。毎月100くらいなら渡せる」

「は……? 毎月……」

「ちょっとした協力と、沈黙の対価や」


猿の目は真っすぐだった。

人間よりも冷めてて、揺れがない。だから逆に怖い。


「協力って何を? ……俺、何かしなきゃいけないのか?」

「いや、基本なんもせんでええ。ワイは日中は静かにしてる。

夜はちょっと出てくるけど、そんときも邪魔せん」

「……」


「代わりに、いくつかルールがある」

猿はそう言って、指を一本立てた。


「まず、“誰にも言わんこと”。お前が見たこと、聞いたこと。全部な」

「……」


「あと、“嘘みたいやろ”って話でも、SNSやネットで呟いたらあかん」

「……わかった」


「二つ目。ワイのこと、検索すんな。“喋る猿”とか、“変な猿”とか。

どこかで記録に残るようなことは、一切あかん」

「お、おう……」


「三つ目。目立つな。服買うのはええ。食いもんええもん食うのもええ。

けどな、車とか、豪遊とか、そういうのは絶対NGや」

「……なんでだよ?」

「ええか、目立ってええ事なんかひとつもない。せやけど、目立たん限り、バレることはない。つまり“黙って静かにしとれば得だけできる”って話や」


「四つ目。金は銀行に入れるな。現金で持っておくんや。タンス預金や」

「え……」

「デカい入金が何回もあったらおかしいやろ。振り込め詐欺とか思われるかもしれん。お前の収入にしてもおかしいやろ」


猿の声は、説得というよりも“通告”だった。

選択肢があるようで、ない。


俺は、テーブルの札束を見た。

200万。会社で何ヶ月働いたら稼げる? いや、何年か?


手が伸びた。札束に触れる。

柔らかくて、生々しい。


……気づいたら、うなずいてた。


「……わかった。住んでいいよ」


これははたして幸運なのか? それとも……。

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