第7話:動く王妃候補、眠らぬ暗殺者
教育係の刃が、初めて“怒り”を宿した夜だった。
イレーヌ嬢の部屋の扉が、深夜の王宮に響く音を立てて破られた。
「っきゃ……!」
彼女の悲鳴を聞いたとき、私はすでに廊下を駆けていた。
王妃候補の部屋には警護がついている――はずだった。
だが、扉を開けた先にいたのは、警護を斬って倒した何者か。
顔に包帯を巻き、動きは素早く、そして――確実に殺しを知っている。
「引いて、イレーヌ嬢」
私は迷いなく飛び込み、襲撃者と彼女の間に立った。
「邪魔をするな……!」
男の叫びと同時に振るわれた刃。
だが、私の動きがそれを許すはずがない。
ギィン、と金属音。
私の短剣が男の武器を受け止め、反動で床に滑らせる。
「――貴様、“ナイチンゲール”か!」
男の目が見開かれた瞬間、私は仮面をかぶった。
そう、あえて彼に見せつけるように。
「だったら、逃げればよろしいのに」
一閃。
私は相手の腕を切り裂き、刃を取り落とさせる。
だが、そのときだった。
「ぐ……っ!」
男の背後から、別の刺客が跳びかかる。
二人目――いや、三人目までいる。
“彼らは本気だ”――その場でイレーヌを殺すつもりで来ている。
「お嬢様、背を向けずにこちらへ。わたくしの後ろへ」
「ま、待って……あなたは、あなたは何者……っ!」
イレーヌ嬢の声が震えていた。
だが、今は答えるときではない。
私は二人目の刺客と鍔迫り合いを交えながら、初めて、感情を込めて言葉を発した。
「わたくしは“教育係”です。
ですが――教えるばかりでは、意味がないのです。
守らねば、教育も、未来も、死にます」
その瞬間、足元へ投げられた閃光弾。
視界が白く染まった――が、それも計算のうち。
私は咄嗟に腰を落とし、目を閉じ、直後に地を蹴った。
閃光の中心から跳び出してきた敵の一人の喉元を、的確に裂く。
「ひ、一人で三人を……っ!」
残る一人が怯み、その隙を逃さず私は蹴りを叩き込む。
その男が崩れ落ちたとき、部屋にようやく警備隊の足音が迫ってきた。
遅い。
あまりにも、遅すぎる。
「イレーヌ嬢。ご無事で?」
「……ええ。でも、あなた……」
私は仮面を外し、深く一礼した。
「申し訳ございません、お嬢様。今宵の件は、警備の不備にございます」
「……そんな言い訳、誰が信じるものですか」
イレーヌは、わずかに震える声で、続けた。
「あなたは、さっき……“わたくしの未来を守る”と言った。
じゃあ、あなたの未来は?」
その問いに、私は答えられなかった。
わたくしの未来。
その言葉は、私の中には存在しない概念だった。
“誰かの命を奪い、守る”
“それだけの存在”――そう自分に言い聞かせていた。
だが今。
彼女が生きていたことに、私は安堵している。
それは、“仮面の教育係”としての感情では、なかった。
襲撃者の遺体からは、また新たな指示書が見つかった。
「王妃候補・イレーヌの排除優先」
「阻止する者がいれば、“対象S”と見なして構わぬ」
――記名:G・オルヴァン
G・オルヴァン。
王宮内でも、政治の“闇”に最も近い宰相の名だった。
イレーヌを殺し、王太子を孤立させることで、国の継承権を奪おうとしている。
その狙いは、明確だ。
――だが、わたくしがいる限り、それは叶わない。
今夜、私はただの教育係ではない。
“怒りを抱いた暗殺者”として、王妃候補を守った。
そして、それははじまりにすぎない。
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