第3話:狙われた王太子と、仮面の護衛

――その夜、私は“守るために”人を殺した。


満月が雲に隠れ、庭園はわずかな灯りも失っていた。

仮面をつけ、漆黒のマントを纏った私は、王宮裏門から忍び込む。


情報源からの密告。

《宰相派の貴族が、王太子暗殺を狙って傭兵を放つ》という内容だった。


「王太子の夜間警備が薄くなる“今夜”が狙い目――か」


それを聞いた私は、躊躇うことなく動いた。

“教育係”としてではなく、伝説の暗殺者ナイチンゲールとして。


音もなく屋根を伝い、王子の私室の窓際に身を伏せる。

風がカーテンを揺らし、窓の鍵がかすかにカチリと動いた。


その一瞬。


私は躊躇なく跳び、窓枠から部屋に転がり込んだ男の喉元に、短剣を突き立てていた。


「ッ……!?」


男は声を上げる暇もなく絶命する。

全身黒装束のその男は、王太子の寝室に侵入し、枕元に忍び寄ろうとしていた。


私は血に濡れた刃を拭いながら、王太子の寝台へと目をやる。

――そこに、彼の姿はなかった。


「……やはり、留守か」


見張りを警戒して、今日は別の部屋で眠っているのだろう。

もしくは、最初から“狙われる”ことすら読んでいたか――


その翌日。


私はいつものように、地味な教育係の顔をして控えの間に立っていた。

教え子であるイレーヌ嬢は、少しだけ私を見て口を開く。


「今朝、王太子殿下の寝室で、死体が見つかったそうですわ」


「まあ……それは恐ろしいことですわね」


「どうやら、“外部の刺客”だったとか。……偶然にしては、出来すぎていません?」


その目は、まるで何かを探るように鋭い。


「貴女、殿下の部屋には出入りされていませんわよね?」


私は微笑みを崩さず、うやうやしく答えた。


「お嬢様。わたくしは、ただの教育係でございます」


その日、授業が終わる頃。


控えの廊下で王太子に出会った。

彼は私を見て、ひとつ、何かを確認するように小さく頷いた。


そしてこう言った。


「ありがとう、ミレイユ嬢。……昨夜は、よく眠れた」


私の心臓が、静かに跳ねる。


その意味を、私は問わなかった。

だが確かに、彼は知っている。

《ナイチンゲール》が彼を守ったことを。


――あの人は、どこまで読んでいるのか。


その答えを知るには、まだ仮面を脱ぐわけにはいかない。


これは、“教育係”と“王太子”の

――仮面をかぶった共犯関係の始まりにすぎない。


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