第二章 義妹の成長

第6話 アイドルを目指した理由

 九月三日。アイドルオーディション開幕。その謳い文句をどれほど見て羨ましいと思っただろうか。

 どうしてここまで花林がアイドルへ固執するのか。それは花林の友達でもあり、彼の妹でもある燐が理由だった。

 燐は大のアイドルオタク。気に入ったアイドルのメンバーにはとことん執着するところがある。


 だがいまの燐には趣味なんてないようなもの。

 とてもしんどい思いをしているから。

 花林は、彼女になにか出来ないか考えていた。その結果、燐の好きなアイドルになることを決断したのだった。

 その相談を、花林は彼――斎木にすることにした。


 火曜日。学校が終わってチェーン店のドーナツショップに来店していた。そこで花林と斎木は黙々と食事をしていた。互いに喋り始めるタイミングを見失ってもいる。

 そこで花林がようやっと三つ目のドーナツを食べ終わったところで口を開いた。


「その……燐ちゃんのことなんだけど……」

「うん……」

「私も燐ちゃんにはよくなってほしいと思っている。でもそれ以上に解離性健忘の治療の難しさも理解しているつもり」

「……だからなんだよ」


 斎木の表情が暗かった。

 それでも花林は言わないといけない。

 だって、自分にとって大切な友達だから。


「わたし、燐ちゃんのためのアイドルになりたい」


 彼が眉を顰める。それから頬杖を突いて窓の景色を見始める。


「それ、ただの自己満足だろ? 自分は凄く周りに気を使ってます、っていうアピールに過ぎないんだよ。やったところで悲惨な末路が待っているだけだ」

「なに? 悲惨な末路って?」


 少し苛立った口調で花林は彼を問い詰めてくる。


「いやぁな。誰かのためにアイドルをやりました。それで人気が出ました。なんてそんな都合のいい世界じゃないだろ。アイドルって。死ぬ気でアイドルやります。それでも人気は低迷するのが人気商売の常々だ。それを分かっているのか?」


 よほど悔しかったのが彼女は下唇を噛んだ。


「分かってる。分かっているよそれぐらい」

「……そうか。ならもう止めはしない。だがな、失敗したって誰も止めてはくれないからな」

 彼は席から立ち伝票を持ってレジへと向かった。



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