第5話 キスはフルーツオレの香り

 エビチリを腹一杯食べた後で自室のベッドでゴロゴロしていると、ノックが鳴った。

 部屋に入って来たのが南だった。


「ねえ。一緒にコンビニに行かない?」

「コンビニ? なにか欲しいものでもあるのか?」


 南が首肯しぼそぼそっと呟いた。


「アイスクリームが食べたいな、なんて」

「……分かった。行こうか」


 そうして夜九時。俺たちは近くのコンビニへと向かった。

 街灯にはたくさんの蝿が止まっている。俺はそれを見ながら夏の風物詩である蝉の鳴き声もどこかから木霊しているのが聞こえた。


「もうすっかり夏だな」

「うん。なんか早いね」

「あと二年もしたら俺は高校を卒業して大学に進学。子供のときは時間が経つのが馬鹿みたいに遅かったのに」

「本当だよ。わたしも来年になったら高校二年ですから。いっぱい彼氏つくろーう。……なんて無理なんですけどね」

「どうして?」


 南が俺のことを見遣ってから肩を落とす。


「実は……あなたに痴漢から救ってもらっても、男性恐怖症がぬぐい切れないんです」

「でも、俺とはこうして夜中に出歩いているじゃないか」


 疑問を呈すも南がしばらく沈黙した。そのあと、


「あっ、自動販売機がありますよ」


 南が指差した方にはサントリーの自動販売機があった。


「コンビニで買えばいいじゃないか」

「いや、すっごく喉が渇いたのでここで水分補給をします」

「あーはいはい」


 彼女はなんの躊躇もなくフルーツオレを買った。

 それを豪快に半分ほど飲んだ南。


「じゃあ行きましょうか」

「うん」


 コンビニで不良がたむろしていた。

 缶ビールを呷っている。大きな声でも笑う。はっきり言って邪魔だった。

 少し怯えた顔を見せる南。


「大丈夫か?」


 俺の背に隠れている南に問いかけるも彼女は答えられなかった。

 ――男性恐怖症というのは本当かもしれない。

 するとひとりのリーゼントが俺を睨んだ。


「おい。なにメンチ切ってるんだよ」


 あえて半笑いで肩を竦めてやった。


「いやぁ。別にぃ」

「てめえ。調子に乗りやがって」


 リーゼントが俺の胸倉を掴んだ。


「生きて帰れると思うなよ」

「コテンパンに潰してやるからな」

「やるならやってみやがれ」


 ――十五分後。

 俺は散々な目に遭った。総勢五人からの容赦のないリンチ。もう二度と喧嘩はごめんだった。


「大丈夫ですか?」

「ああ……大丈夫……大丈夫」

「すぐにコンビニで消毒液と絆創膏を買ってきます」

「た、頼む……」


 彼女が急いでコンビニで消毒液などを購入したようだ。


「ここじゃああれなので、近くの公園に行きましょう」

「あっ……うん」


 コンビニから三キロと離れていない児童公園で、俺は手当てをしてもらっていた。とても丁寧に。


「ありがとう、な」

「……お礼を言うのはこっちの方です。私が男性恐怖症なのを知ったから、面倒臭そうなヤンキーを追っ払ってくれたんですよね」

「――考えすぎだ。俺はそんなこと……」

「そうですか……」

 そうしたら南は俺の頬を触ってくる。それに反応しようとするが遅かった。

 ――彼女から唇を重ねさせられた。


 その唇は、フルーツオレの味が微かにした。




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