第五章:神の咎、人の希望
天が裂けた。
天空の深奥、神々の座が揃い踏みとなり、 “最終裁定の儀”が始まった。
銀の階段を昇るアリアの小さな足音が、神域に響く。 その身に刻まれた命の重さを、神々の目が測ろうとしていた。
◆
「咎ある命をもって、世界の均衡を揺らした罪。 裁定神より、いま問う——この存在、赦すか否か」
裁定神アクスレイの声は無機のように透明で、それでいて背筋を凍らせる冷たさを帯びていた。
神々は玉座に並ぶ。 命の神、鍛冶神、闘争神、花の神、死の神、月の女神── すべてが静かにアリアを見つめていた。
「神に抗する神……それは、最も許されぬ矛盾」 闘争神が言い放つ。
「それでも、“だれかを守るため”という理由で咲いた命に、 この秩序はどう向き合うべきか」
沈黙が落ちる。
その中、ユウが進み出た。
「俺は、かつて裁定の剣を握っていた」 「けれど、いまこの手には、守りたい命がある。 だから剣は抜かない。ただ、この子がここにいていいと言えるように、隣に立っていたい」
サーシャも歩み寄る。
「母となった私は、神ではなく“人の想い”を知った。 その想いが、禁忌と呼ばれるのなら──私はその咎を、この身で受ける」
アリアは黙って前を見つめていた。
胸の奥で、種が鼓動のように震えていた。
そのとき、花の神フローラリアが歩み出て、小さな掌の上にそっと何かを差し出した。
「これは、ユンファの種。 かつて“咲いてはならぬ”とされた奇跡。 けれど、もういちどあなたが、咲かせるかどうか、選んで」
アリアはその種を胸に抱き、神々を見回した。
「わたしがここにいたせいで、困ったひとも、こわい思いをしたひともいる」
「でも、わたし、たしかにしあわせだった。 ママも、パパも、おともだちも、わたしのことを“だいじ”って言ってくれたから」
「だから……この種は、わたしだけじゃない“だいじな気持ち”が入ってる。 咲いてほしいと思っていいよね?」
手の中で、光が生まれた。
ひとつ、またひとつ、彼女の記憶と重なる言葉が、種の殻を破っていく。
「“咲いてしまった花”だったら、 “咲いてくれてありがとう”って言える世界にしたいだけなの」
その瞬間。
神域の空に、光が満ちた。 花びらが宙に舞い、神々の天蓋が静かに崩れ、 摂理の秤が……初めて、その計量を拒んだ。
アリアの足元から、小さな芽が伸びた。
それはあの日、谷で揺れていた名もなき花。 けれど今、その名を誰もが知っていた。
ユンファ。 咲くはずのなかった希望。 神をも黙らせる、愛の記憶。
神々はひとり、またひとりと、その場に膝をついた。
誰も言葉にはしなかった。けれど、誰もが知っていた。
「この日、神々は裁かれた」と。
そして、「この日から、“祈り”が摂理になる」と。
——第五章、了。
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