第四章:摂理の牢と光の種

神の裁きとは、いつから“感情なき形式”になったのだろう。


それは理なのか、正義なのか。 それとも、ただ“誰かが傷つかぬための方便”に過ぎないのか。


その問いを、ひとりの少女が投げかけた。


その問いに、ひとりの神が答えられなかった。



空の門が開いた。 神域の玉座がふたたび揺れる。


裁定神アクスレイ──白銀の鎧を纏った“理の化身”── その背後で浮遊する双つの天秤が、アリアという存在の“重さ”を測っていた。


「神と人の血を混ぜるは、すでに“罪”と決してある」


「あなたの存在は、秩序を撹乱する欠陥であり、“摂理の揺らぎ”である」


告げられる審問。 その言葉に、アリアは少しだけ目を伏せる。


「……じゃあ、“好きになっちゃいけない”って、最初から決まってたの?」


神殿が静まりかえる。神々の視線が集まる。 サーシャが一歩踏み出しかけるが、ユウがそっと制した。


アリアは、まっすぐ裁定神を見た。


でも、ママは“笑っていい”って言ったよ。 パパは“いてくれてありがとう”って言ったよ。 それって、わたしには……まちがいじゃなかったよ」


天秤が、わずかに震えた。


裁定神の無表情が、かすかに揺れた。


その視線の奥底に、わずかに―― “わからない”という感情の影が、差した。



神域から退いたのち、ユウたちは旅を続けた。


途中で命の神と交わした対話。 鍛冶神から授かった“まだ未完成の守護具”。 そして死神との静かな邂逅。 それぞれの神々が、アリアに対して抱く想いは“判決”ではなく、“問いかけ”へと変わっていた。


谷へ戻ったある夜、花の神フローラリアがそっとアリアのもとへ現れる。


「これはね、ずっと咲かなかった花の、“芽”よ」


フローラリアは手のひらを開く。 そこに載っていたのは、光も熱も持たない、ただ静かな種だった。


「この種が咲くとき、世界は変わる。 でも、“咲け”と命じては咲かない」


「……じゃあ、どうやって咲くの?」


アリアは瞳を覗き込む。


フローラリアは微笑む。


「“あなたが、それでも咲いてほしいと思ったとき”。 その祈りに、命が宿る」


アリアは小さく頷き、その種を胸に抱きしめた。


そして、その手のひらに残った温もりを感じた時、 まだ知らないはずの涙が、頬をつたって落ちていた。


それは、神から人への贈り物ではなかった。 人から神へ、“赦しのように託された希望”だった。


——第四章、了。

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