第二章:断罪の剣

「……その剣で、なにを裁くというのだ」


闘争神ヴァリスタの声は、風のように乾いていた。 砂塵の舞う神域で、彼の前に立ったユウは、静かに柄に手を添える。 背負う剣は、かつて神々から与えられた“摂理の断”—— その力を以て、神ですら裁かれうる“均衡の刃”。


「お前に与えたはずの剣で、何故、神々へ向ける」


「……お前たちが与えたのは力だ」 「けれど、“誰を守るために振るうか”までは、決めなかっただろう?」


ユウの視線の奥、燃えるような赤色の空にアリアの笑顔が浮かんでいた。



アリアは今、川のほとりで草を結んで遊んでいた。 ユウは少し離れた岩に腰を下ろし、娘の姿を見守っている。 風は柔らかく、どこまでも静けさがあった。


「パパ、これみて!」


アリアが小さな指で輪を作り、川面に浮かべた。 草の輪はくるくると回り、水に揺れて光を映した。


「おまじない。しあわせが逃げないように結ぶの」


「へえ、誰に教わったんだ?」


「んー……わたしの中にあった。へんなの!」


ユウはふっと笑う。 目の前にいるこの命が、いずれ世界の裁定を揺らす存在になるなど、 いまはただの静かな奇跡だった。


だが、その奇跡は追われていた。


空の裂け目から、神域の使いが降りたという報せが入る。 神の軍勢ではない。けれど、それは“選ばれた者を回収する”ための封鎖だった。


──この世界は、祈りすら秤にかけるのか。


ユウは剣に手を伸ばす。 だが、その刃は誰を断つべきなのか――自分にもまだ、わからなかった。


「パパ」


アリアが寄ってくる。手にひとつ、草の輪を握っていた。


「これね、パパの。こわいこと、ぜんぶ、これがにげさせてくれるの」


草の輪を手首に通されたその感触は、 かつてどんな神の力より、重く、温かく感じられた。


ユウは、剣を鞘に戻す。


「ありがとう、守ってもらったよ」


空には、闘争神が目を光らせていた。 だがその眼差しにあったのは怒りではなく、微かに、嫉妬に似た寂しさだった。


戦が始まる。


だがそれは、剣と剣ではなく、“想いと想いの断裁”によって。


そしてユウはこのとき、まだ知らなかった。 「守るために剣を持った」と言ったその答えが、 いずれ娘自身によって、神に届く刃となることを。


——第二章、了。

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