それはずっと恋だった(2)
「はあ~。遊んだ遊んだ」
やりたかったゲームをほぼ一通りやった後。
自動販売機で買ったミネラルウォーターを飲みながら、真緒は満足そうに言った。
「ふふん、カズはどのゲームでも私たちに敵わなかったね」
「ホッケーは2対1だったし、シューティングはお前ら勝手に二人の合計点にしただろ! フェアじゃねえ! こんな勝負無効だ無効!」
「数馬、往生際が悪いよ。諦めてわたしと真緒にアイス奢りなって」
「そんな約束してねえよな!?」
ちっ、騙されなかったか。
いつも通り、さして生産性のない会話をしながらわたしたちは帰路につく。
やっぱり、二人といるときが一番心が落ち着く。
「あ、ごめん二人とも。私ちょっとトイレ行きたいから待ってて」
駅に向かう途中。真緒がそう言ったので、わたしと数馬は近くの公園のベンチで待つことにした。
ベンチに座ってすぐ、数馬はちらりとわたしを見て言った。
「なあ武藤。……天羽恭と、何かあったのか?」
気遣わしげな声。
たぶん、ずっと気になってはいたけど、聞くに聞けなかったのだろう。
土曜日に恭くんと映画に行くことになってしまったことについて、元々二人には話していた。
このタイミングで元気を無くしていたということで、原因が恭くんにあることは察していたのかもしれない。
「まあ、ちょっとね……。恭くんと何かあったっていうよりは、……ただ自分の気持ちが不安定になってるだけなんだけど」
「そうか。無理にとは言わねえけど、オレも真緒も話ならいくらでも聞くからな」
「……ありがとう。うん、やっぱ持つべきものは友達だよなあって思うよ」
でも、やっぱり今は気持ち的にも相談できそうにない。
だから代わりにこんなことを聞いた。
「ねえ。数馬は好きな人っている?」
「……は? …………はあっ?」
「や、そんな慌てなくても。軽い気持ちで聞いただけだから」
これだけでこんなに真っ赤になるとは。
数馬は恋愛関係の話題、あんまり得意じゃないんだったかな。
別にいないならいないでいいよ、と言おうとしたところで、数馬は顔を真っ赤にしたままわざとらしく咳払いした。
「……いる」
「え?」
「だからいるよ! 好きなやつ!」
「う、嘘っ。誰?」
「絶対言わねえ」
「なんで? あ、わたしにからかわれるから? そんなの……いや、からかうけど」
これでもかってぐらい、からかい倒すだろうけど。
それにしても初耳だ。
中学時代からずっと一緒にいるけど、数馬はどんな子がタイプなのか全く想像つかない。
まさか真緒…………ではないか、さすがに。幼なじみ同士の二人はそういう雰囲気じゃないし。
「ね、ヒント! ヒントだけちょうだい! 顔は可愛い系?」
「……いや、美人系だろうな。でも中身はちょっとざんね……面白いやつだけど」
「なるほど、おもしれー女ってやつね。これはまたベタなタイプの予感……うーん、誰だろう……」
しばらく考えてみたけど、結局わからないやと諦める。
わたしにとっては新事実だけど、真緒は知っているのだろうか。
「でもそっか。数馬にも好きな人が……。じゃあさ、これも聞きたいんだけど……」
わたしは短く息を吐いて、数馬の顔を見る。
「そういう気持ちって、どうしたら消せる思う?」
「……は?」
恭くんへの気持ちが恋心だという自覚なんて、したくなかった。
恋であることを自覚した瞬間、無意識のうちに押し殺していた醜い下心や独占欲が、わたしの中で顔を見せはじめることがわかっていたから。
だからただ純粋に、遠くから応援していたかった。
大勢ファンのうちの一人でいたかった。
できることなら、恭くんの載っている雑誌を見てはキャーキャー言っていただけの、彼が転校してくる前の時間に戻りたい。
「ごめん。変なこと聞いた」
「……新しい恋をする、とかじゃねえの?」
「え?」
「気持ちを消す方法。例えば、もっと近くのやつに目を向けてみるとか……」
わたしはもう一度「え?」と呟く。
失礼ながら、数馬がアドバイスをくれるとは思わなかった。こんなに顔を真っ赤にしながらも、苦手な恋愛相談に乗ってくれるなんて。
「新しい恋か……。一理あるかもだけど」
問題は、新しい恋なんてしようと思ってできるものでもないところ。
二年前舞台で恭くんを見たときのような衝撃を、また別の誰かに受けるところが想像つかない。
「なあ武藤。お前さ、本気でオレの気持ちに気付いてない──は……?」
また何かを言いかけた数馬が、ふと動きを止めた。
その視線はわたしから少しズレた方角を向いている。
「どうしたの?」
わたしがつられるように振り返ったのと、数馬の視線の先にいたらしい人物が息を切らせて駆け寄ってきたのは、ほぼ同時だった。
今一番顔を合わせるのが気まずい人。
そのはずなのに、走るフォームもきちんと矯正されてて綺麗だな……なんて思えるわたしは、実はすごく冷静な女なのかもしれない。
「きょうく……天羽くん……?」
「来て」
思わず見とれるほどの色気を放ちながら汗を拭った恭くんは、そう言って強い力でわたしの手を引いたのだった。
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