それはずっと恋だった(1)


 わたしが恭くんを推すようになったのは、二年前に彼が出演する舞台を見てからだった。

 お母さんに無理やり連れていかれた舞台。

 全く楽しめる気はしていなかったのに、恭くんが現れた瞬間、全てを持っていかれた。

 恭くんが演じていたのは、主人公の弟役というそこまで目立つキャラクターではなかった。

 だけど彼は、他のどの役者よりも、自分の演じる役のことを理解し、寄り添っていた。

 感動的な場面でも何でもないのに、涙が止まらなくなっていた。


 あの瞬間、わたしは天羽恭に恋をした。


 それは、同世代の女子たちがクラスの男子や部活の先輩に恋をするのと全く同じ感覚だったのだ──。




 月曜日。

 隣の恭くんの席は朝から空いていた。今日は仕事が入っているのだろう。

 土曜日のことで気まずかったから、正直ホッとした。

 おかげで一日中、穏やかな心でいつも通り過ごすことができた。

 ……と思ったのだけど、傍から見ればいつも通りではなかったようで。

 放課後、失礼極まりない二人の親友真緒と数馬が、机に伏せるわたしの顔を覗き込みながらこんなことを言ってきた。


「ねえカズ。今日瑞紀がすごい変」

「確かに、こいつがこんなに静かなのは異常だよな」


 今日はいつもより口数が少なかったのは認める。

 だけどそれで異常呼ばわりですか、親友たちよ。


「わたしだって、ちょっと元気がない日ぐらいあるもん」

「え~? いつもなら『ちょっと恭くん接種したらすぐ元気になる! 推しはどんな栄養剤より効果があるからね!』とか言ってるじゃん」


 ……言ってるけれども。

 今回はその恭くんこそが元気を無くした原因だからなあ。


「ねえ瑞紀、私今日部活サボる」


 わたしの頭をツンツンつついて遊んでいた真緒が、いきなりそんなことを言った。

 部活好きの真緒がサボるだなんて珍しい。


「瑞紀は部活ないし、カズも今日は塾休みでしょ? 今から三人でゲーセン行こうよゲーセン!」

「ゲーセン?」

「ストレス解消だよ~。せっかくだから格ゲーがレーシングゲームで対戦しよ! 私と瑞紀でカズをぼっこぼこにするの!」

「何でオレは負ける前提なんだよ。でもいーじゃんゲーセン。行こうぜ」


 わたしはまだ行くと言っていないのに、数馬まで乗り気だ。

 元気がなさそうなわたしを見て、何も聞かず気分転換させようとしてくれているんだろうな。

 ……まったく。気の利いた奴らだ。

 だけど、今は格ゲーやレーシングゲームという気分にはなれない。だから正直に言った。


「わたし太鼓がいい。難易度鬼でスコア対決しようよ」



 ──数十分後。


『フルコンボ!!』


 学校から一番近いゲームセンターにやってきたわたしたち。

 もうかれこれ三回ぐらい太鼓のゲームで対決していた。そしてわたしは全勝していた。


「ああー! くそ、太鼓で武藤に勝てるわけねえ……」

「カズへたくそ~」

「かんたんしかクリアできない真緒に言われたくねえし」


 流行りの音楽に合わせて流れてくる赤と青の顔つき音符をリズムよく叩くゲーム。

 わたしが一番得意とするゲームだ。曲によっては難易度Maxでもフルコンできる。


「ま、数馬がわたしに勝とうなんて10年早いよね」

「くっ……」

「あ、ねーねーカズと瑞紀! 次パンチングマシーンで勝負しよ!」

「それは真緒無双だろ……オレもエアホッケーだったら……」

「オッケー次はそれね~」


 ゲームセンターに来るのは久々だけど、結構楽しい。

 メダルゲームにシューティングゲーム、UFOキャッチャー。

 夢中で遊んでいる間は、胸のあたりでくすぶっているモヤモヤも忘れることができた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る