逃げないで、正面から見てよ(1)


「調子悪そうだな」


 車を運転するマネージャーの早坂さんが、バックミラー越しに俺を見て言った。

 今日は朝から映画関係の取材や舞台の稽古が入っていたが、どこに行ってもミスを連発していた。

 どうにも土曜日のことがちらついて仕方なかったのだ。プライベートとの切り替えができないのはプロ失格だ。


「すみません」

「まあ気に病みすぎるな。今日はゆっくり休めよ」

「はい……」

「だがどうせ、調子が悪かった原因は愛しのミズキちゃん絡みだろ。……ああ、デート失敗してフラれたか? ご愁傷様」

「……早坂さんにはもうちょっとデリカシーがあってもいいと思うんですけど。あとまだフラれてないし」


 俺は大きくため息をついて外を眺める。

 早坂さんは若くて有能な男だが、俺とは昔からの知り合いというせいもあり割と容赦ない部分がある。


「五歩ぐらい一気に進めたんじゃないかって期待した瞬間、実は二十歩下がってたって感じなんですよね、今」

「だいぶ下がったな」


 全くもって笑いごとじゃないのだが、早坂さんはものすごく楽しそうに笑う。

 その彼が、信号につかまったとき、ふと横を見て「ん?」と声をあげた。


「おい恭、あそこにいるのミズキちゃんじゃないのか?」

「え?」


 早坂さんが指さしたのは、開けた小さな公園だった。

 そのベンチに座る二つの人影。

 一つは早坂さんが言う通り彼女で、もう一つは……彼女の男友達だという清水数馬だ。

 彼女が清水数馬と一緒にいるところは珍しくない。

 ただ、教室で見る様子と違い──二人といつも一緒にいる、高森真緒の姿が近くに見当たらない。


「あーあ、こりゃどう見ても放課後デートだな」

「……」


 二人はそういう関係じゃないはず。今見当たらないだけで、高森真緒も一緒にいるに決まっている。

 そう思うのに、早坂さんに煽るように言われれば、簡単に不安が募っていく。


「……早坂さん。事務所へは自力で戻るので降ろしてください」

「しゃーねーな。やるならとことん邪魔してこいよ?」


 俺は早坂さんの返事を最後まで聞かずに車を降りた。

 一直線に、二人がいる公園のベンチまで走る。

 彼女のすぐそこまで駆け寄ったのと同時に、瑞紀ちゃんがこちらを振り返った。


「きょうく……天羽くん……?」


 呆気にとられる彼女を前に、言葉を詰まらせる。


 ……どうしたものか。


 夢中で走って来たけど、その後のことを何も考えていなかった。

 だけど、ここまできたら仕方がない。

 俺は彼女の手を掴んで、一言「来て」と言って引っ張る。

 一昨日はうっかり振り払われてしまったけど、今回は離さない。


「お、おい天羽! 待てよ!」


 後ろから、呼び止める清水数馬の声が聞こえる。

 ……ごめんね清水くん。キミが瑞紀ちゃんに想いを寄せているのは知ってるけど、こっちも譲れないんだ。

 心の中で一応そう謝罪して、俺は走るスピードをさらに速めた。





「きょうくん……まって……まじでむり……運動神経ゴミなのわたし……」


 恭くんに手を引かれるがままに走り続けて十分ほど。

 とうとう耐えきれなくなって死にそうな声を上げれば、恭くんはようやく足を止めた。


「……ごめん」

「あの、恭くんはなぜここに……仕事では……」

「終わって、事務所に戻る途中だったんだけど……瑞紀ちゃんを見かけて思わず。瑞紀ちゃんは清水くんと二人だったみたいだけど、今日高森さんは?」

「え……真緒ならお手洗いに行ってて……そろそろ数馬と合流してるはず……」

「あ、そっか。……なんだ、本当にデートじゃなくていつも通り三人だったんだ」


 そう言いながら、恭くんはいまだにわたしの手をつかんだままなのに気が付いて、少し気まずそうに離した。

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