第3話

その日、新作は目眩にふらついた勢いのまま通りで男とぶつかった。

まる二日ほどもう何も口にしていなかったからだろう。

不運なことに相手ははだけた着物の胸元からサラシに刺した匕首を覗かせていた。


刺されなかった事が幸運と言う他はあるまい。

しかしその時の彼は生きることにも死ぬことにも、等しく希望を抱いていなかったため些細な問題にも過ぎなかった。

折られた方の脚を引きずりながらなんとか人気の少ない路地裏まで逃げてきたのである。

口の中がじゃりじゃりと血と砂の味がした。

頭を数発やられたせいで目の焦点があいづらい。視界が揺らぐ。悪態を吐きながら草むらに倒れ込み、口から血を吐き出した。

気温が低いせいか草と土が体を拒むような感触があった。

寝転んだのは悪手だったかもしれない。意識が体から離れようとしていた。

薄く開けた目で微かに明るい方を見る。こちらに近づいてくる大小の影が見えた。

カサっと草を踏む足音が聞こえる。

「あ!いたよ!」

子供特有の無駄に張りのある声、最近に聞き覚えがあるものだった。

暗転していく視界の端でいつか見た飾り気のない女物の着物の裾が揺らいだ気がした。




だだっ広いだけの真っ暗闇の中に新作はたたずんでいた。赤黒い液体が地面を満たして少し体を動かすたびに波紋を呼んでいた。

声が聞こえる。

呻くような囁くような。

振り返ると白骨がこちらをただじっと睨んでいる。「お前のせいだ」と聞こえた気がした。「お前が死ねばよかった」とも聞こえた。四方から自分の頭に突き刺さるように音が飛んでくる。

足を引っ張られた気がした。足元にはまだ子供ほどの背丈しかない骸が長靴にまとわりついてきているのが見える。

どんと背中に衝撃が走り、つんのめって前に倒れこんだ。後ろから幾人もの白骨にのしかかられたためだ。皆口々に叫んでいる。「お前がなぜ生きている」「死ね」「苦しめ」「俺たちと同じようになれ」と。

あぁそうかここは地獄か。

そう彼が考え至るまでにそう時間は要さなかった。

ゆっくりと手で服をつかみ、骸たちが登ってくる。腹を肉のない手が握りしめてくる感覚、頭に手が触れる感覚、背中を引っ張られる感覚。ふとその中の違和感に目を向けると天井から光がさした気がした。


「あ、気が付きましたか。おはようございます。」

日の光を遮り、こちらをのぞき込んでくる顔。この間の女のものだった。

「」

どうしてと聞こうとするが声が出ない。

女はそんな新作の様子を察してか事態を説明してくれた。

なんでもこの間の礼らしかった。

もっとも礼といって差し出せるものもなくせめてもとけがの治療と看病をしてくれるらしい。

本当は人の世話になどなりたくもなかったのだが生憎自らの足で立って出ていけるほど健康体ではなかったのでしぶしぶこの女の世話になることにした。


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