血を流し札を切れ

 羽根を散らしながら落下するメリオダスを受け止め、優しく撫でてからカードへと戻す。 

 十二星召リリル・エリルとの戦い。彼女の二体のアセスの猛攻にやられた形ではあるが、それが意図的なものというのはリリルは察し目を細めた。


(戻せぬならば倒させる、か……だが代償は軽くはない)

 

 苦悶の表情を俯いて隠すシェダだが、膝から崩れ落ちかけてしまい隠し切れなかった。だが耐えて深呼吸し、顔を上げながらカードを戻し入れ替える。


(思いだせ……師匠に学んだ事を、こういう時の戦い方を……)


 無理を言って弟子にして貰い指導を受けた日々を思い返し、そこで培った知識や技術を振り返る。

 リスナーとして尊敬すべき存在の戦い方は今の自分の戦い方と同じ。先手は相手のカードを知る為に機動力に優れたアセスを召喚し、戦いながら観察すると。


(次は……流れを自分の方に引き寄せる事、だな……タンザ、いけるか?)


 心の中でシェダが語りかけるのは銀蛇のタンザだ。シャーッと蛇特有の空気を吐く音で答えてみせ、頷いてからシェダは指に挟むタンザのカードに魔力を込める。


「行ってこいタンザ!」


 銀の鱗が美しい大蛇タンザは召喚されてすぐにとぐろを巻いて舌をちらつかせ、相対するヒドラのマリアと威嚇しあって闘争心を高めていく。

 身体の大きさは圧倒的にマリアの方が大きく、水中に潜むクラーケンのエレンも同様である。


「脆弱なアセスなどわらわのアセスの足元にも及ばぬわ……さっさと負けを認めたらどうだ?」


「誰が諦めるかよ」


「長い付き合いでもなければ、愛する者というわけでもあるまい。命をかけるほどの価値があるとでも?」


 問いかけの中でシェダの脳裏に傷ついても戦い抜くエルクリッドの姿が浮かぶ。知り合って間もないのも確か、特別な感情があるわけではないのも間違いない。

 それはノヴァ達に対しても同じことが言える。だが、その中で感じ、思い、決めた事がシェダの心を突き動かす。


「泣いてる奴見てたらほっとけねぇし、困ってる奴がいたら助ける……そう俺は教えられたし、俺もそうしたいと思ってる。誰かの為に戦うのはそれで十分だ!」


 故郷の為にリスナーとしての力を使いたいと思った事とシェダの決意が重なり合う。高まる闘志が痛みを打ち消し、魔力の高まりが身体を淡く包み込む光となる。


 そんなシェダの姿にリリルは目を大きくしつつ過去の記憶の、似た景色と重ね合わせ舌打ちすると空中に座るのをやめて降り立ち、籠手に備わるカード入れに手をかけ言い放つ。


「小童ごときが戯言を……! マリア、エレン、遊びは終わりだ……!」


 マリアの目が光り、エレンも水中に潜り猛攻の構えを見せた。その中でシェダはカードを引き抜きつつ後ろへと下がり、タンザは逆にマリアに向かって素早く這って行く。


 刹那にマリアの五つの頭がぐっと口元を膨らませてどす黒い塊を吐き出し、それが舞台に触れると煙を立てて石畳を溶かす猛毒とわかる。

 マリアの猛毒を避けながらタンザは距離を詰めていき、シェダも橋の方まで下がると素早くカードに魔力を込めて解き放つ。


「スペル発動、アクアバインド!」


「無駄だ……スペル発動ブレイクスペル」


 しゅっと抜いてサッとリリルがスペルを使い、バチッと音を立ててシェダの使おうとしていたカードの絵柄から色彩が失われた。

 人工カードを直接妨害し無力化するブレイク系のスペル。だがそれはシェダも計算済みで、毒液を滴らせる牙を剥くマリアの素早く噛みつきの連打がタンザを襲うがその表情に動揺はない。


 目を細めたリリルはマリアの毒牙に晒されたタンザが玉状に身体をまとめ、攻撃を防ぎ切ったのを確認し小さく舌打ち。すぐにエレンに追撃を、と考えたが、ふとキラキラした何かが飛散しマリアの頭にも付着しているのに気づく。


(銀蛇の鱗か……面倒な事を……)


「遅いぜ! ツール使用排毒の雫!」


 手元に出現させた硝子瓶をシェダが舞台に向けて放り投げ、同時に身体を発条ぜんまいのように丸めたタンザが飛びそれを全身を使ってマリアの方へと飛ばす。当然それをマリアは叩き落とそうとするも、すぐにリリルが援護に入った。


「スペル発動プロテクション……そんなものを使わせるわけにはいかんな……!」


「ホーム展開、血塗られた聖堂!」


 硝子瓶が砕け中身ごと防がれた瞬間、シェダがあるカードを展開しその名前には見守るノヴァ達も目を開く。

 舞台に投げつけ突き刺さったカードから広がるのは清らかな白光、あっという間に舞台も部屋も包み込んでからポタポタと天井より赤い液体が滴り、真白に包まれた部屋に色をつけた。


 舞台に降り立つタンザはとぐろを巻いて身構え、シェダも深く息を吐きながら意識を集中しここからどう動くかを思考を張り巡らせ、対するリリルもまた展開されたカードについて言葉を漏らす。


「毒を制し魔を打ち消す清浄なる場……銀蛇の鱗の解毒作用を増幅させわらわのマリアの毒を中和させる、か……だが小童ごときの魔力で扱えるカードではあるまい?」


 ホームカードはスペルやツールと異なり使用した後も魔力を消費し、その効果を維持しなければならない。またその効果も自分も相手も受ける都合上、相手を手助けしてしまう諸刃の剣でもある。

 だが維持さえできればスペルとの併用に幅ができ、アセスの支援もより強力となる。もちろんそれは、扱う技量や知識があってこそ。


(そんな事はわかりきってるんだよ。俺の狙いは……)


 リリルの指摘に不敵な笑みで応えつつシェダはカードを引き、魔力を込めた刹那に舞台の周囲から水中に潜むエレンの触手が何本も伸びて舞台に吸盤を押し付け、しっかり抑え込み始める。


「つまらん相手に付き合う暇はない……沈んでしまえ」


「そうは行くかよ、タンザ!」


 浮島故に力で沈めればそのまま水中に舞台は消える。すぐにシェダが声を飛ばしタンザがマリア目掛け身体をしならせながら飛びかかった。

 が、それよりも素早くマリアが太い尾をしならせてタンザを上へと叩き飛ばし、すかさず五つの頭が口を開き牙を剥く。


「スペル発動、ホームインパクト! 俺の使っているホームカードを代償にして……」


「スペル発動ホームブレイク……お前の狙いなど読めているぞ阿呆が」


 シェダが発動するスペルに対しての対抗スペル。硝子が砕け散るように部屋の光と赤の色彩がひび割れて消滅に、その中でタンザがマリアに噛み砕かれ身体を引き裂かれる。


「自らのホームカードを破壊し、全てのアセスを巻き込んで魔力を爆発させるホームインパクト。だがその前に無効にしてしまえば不発に終わるというもの……小童がホームカードを使った時点で読むのは容易い、終わりだの」


 ふっと小さく笑ってリリルが踵を返す中でタンザが引き裂かれ消滅した衝撃がシェダの身体を刺し貫く。


 崩れ落ちるシェダに見守っていたノヴァが強く呼びかけたその時、一枚のカードが舞台に向けてゆっくりと放たれる。


「スペル発動……ソウルバーニング……!」


 弱々しくも確かな発動宣言と共に放たれたカードが閃光と共にヒビが走り、秘められた膨大な魔力の爆発が舞台を包み込む。

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