妖艶なるリリル
橋を渡りシェダが舞台に立つと、ほんの少しだけ重みで舞台が沈んだ事に気づく。軽く力を込めて走ろうものなら大きく揺れて安定はしない。
だがそれ以上にシェダの心を揺らすのは吊るされた檻に囚われている仲間達の存在だ。一応は無事であるものの、やはり気になってしまう。
「案ずるな、ここには観覧席というものがないのでな……それに、
不敵な笑みとふんぞり返った態度は挑発そのもの、だがシェダは揺るがずちらりと目を向けた檻の中でノヴァは不安そうにしゃがんでこそいるが、タラゼドは頷いて応えてくれた事とリオのカードは取り上げられていないのを確認し、息を吐きながら心を落ち着かせる。
(本気で人質にするならリオさんのカードは奪うはず……この女、遊んでやがるのか……?)
十二星召という存在故の余裕なのかリリル個人の癖なのかはわからない。確かなのは彼女を倒さねばならないということだけ。
シェダはカードを引き抜いて魔力を込め、裏側を見せる形でカードを構え臨戦態勢へ。
そんなシェダの姿勢を見つめながらリリルは小さくため息をつき、左腕の篭手に備わるカード入れに手をかけて指先に力を入れるが、待った、とシェダが一声かけてきたので動きを一度止め渋々耳を傾ける。
「あんたに勝てば、エルクリッドは返すと約束しろ」
「勝てれば、な。だが負ければお主は
舌なめずりをしながらカードを引き抜くリリルにシェダは寒気を感じつつも気を引き締め、そして彼女がカード裏を見せたと同時に戦いの火蓋を切って落とす。
「頼んだぜメリオダス!」
シェダが最初に召喚するはビショップオウルのメリオダス。まずはリリルのカードを把握し、勝利への道筋を作る。
対するリリルは指に挟んだカードに軽く口づけをし、そして二枚のカードを放り投げ高らかに自らのアセスの名を呼ぶ。
「デュオサモン……
青き光が弾けて雨のように降り注ぎ、やがて形を作りながらその姿を見せ始める。
青き鱗に五つの首を持つ大蛇と、舞台の外側の水より滑った触手を伸ばし頭巾のような頭を覗かせる巨大なイカの魔物の姿に、シェダは思わず後退りし冷や汗が流れた。
「ヒドラにクラーケン……!?」
「どうじゃ、
妖しく囁くようにリリルがシェダを見つめ、それには本当に心が奪われそうになってシェダの思考が一瞬止まる。その瞬間にクラーケンのエレンが水中に隠れ、ヒドラのマリアは素早くうねって五つの頭の牙を剥いてメリオダスへと迫った。
我に返り舌打ちしたシェダはカードを素早く抜き、メリオダスも素早く舞うようにマリアの牙を避けるが、背後より伸びる触手に捕らわれそうになり間一髪天井へと逃れる事に成功する。
(二対一の上に暴れられたらカードを抜くのも……!)
ヒドラであるマリアが動く度に舞台は揺れ、カードを抜くのはもちろん姿勢を保つのすら難しい。
リリルはというとつま先を浮かせて空中で足を組んで座ってみせ、やや前のめりの姿勢で頬杖をついていた。
お前を倒すなど造作もない、そんな言葉が伝わってくるような態度にシェダは歯を食いしばり、ならばとカードを引き抜き魔力を込めて使用する。
「スペル発動、ウィンドフォース! そしてもう一枚、エアーエッジ!」
攻撃を避け続けるメリオダスの身体を緑の光が包み込み、素早くマリアの尾の一撃を避けると力強く羽ばたいて風の刃をいくつも放つ。
放たれた刃はマリアの首を二本、身体を数か所、エレンの触手の一本を切断する威力を見せ反撃に成功し、見守るノヴァの表情に明るさが灯る。
「攻撃系スペルをアセスの攻撃に繋ぐなんて……! すごいです!」
「ウィンドフォースもエアーエッジも共に風属性、上手く組み合わせ効果を変えたようですが……」
スペルカードを組み合わせる事で性質を変えるなどが可能だ。しかし、ノヴァに話すリオは目を細めており、振り返るノヴァは何故そうしてるのかわからずタラゼドに目を向ける。
「戦いは終わっていませんよ、ご覧になってください」
「あれは……!?」
再び舞台を見たノヴァは目を大きく見開く。それは首を切り落とされたはずのマリアの首が一瞬で生え変わり、エレンの触手も同様に再生する。
それには戦うシェダは舌打ちし、対するリリルはクスクスと笑ってわざとらしく胸元を見せつけるように姿勢を変え、艷やかな声で言い放ってみせる。
「ヒドラもクラーケンも、魔物の中でも優れた再生能力を持つ……さぁもっと足掻いてみせろ、何度でも、戯れに付き合ってやるからの……!」
刹那に目を光らせたマリアが俊敏に動きメリオダスを真下から攻め、その上から水中より飛び出すエレンがいくつもの触手を広げ逃げ場を奪う。
すかさずシェダはカードを使おうとするが、激しく揺れる舞台上ではすぐにカードを使えず、それを察したメリオダスは上手くマリアとエレンの攻撃を潜り抜けて対処してみせた。
空中でリリルのアセス同士がぶつかり合って共に舞台に落下し好機と言いたいが、さらに揺れる舞台のせいで立ってることが難しくなってしまい、その間にエレンは再び水中へと戻ってしまう。
(揺れるせいで上手くカードを使えねぇ……メリオダスも頑張ってくれてるけど、どうする……?)
シェダのアセスは三体のみ。それに対してリリルは今召喚している二体とエルクリッドを拐った時のスライムのリロルの計三体が最低でもいて、まだ他にもいると考えるのが普通だ。
まだリリルはスペルカード等も使ってはおらず、しかし、ヒドラとクラーケンという魔物の種類からはカードの傾向は推察が可能である。
(再生能力使うやつは大体が持久戦に強い、ってーことは……その前に決着つけるしかねぇ)
作戦は決まったがメリオダスが反撃に転じる余裕をリリルのアセス達は与えず、徹底的に攻め立てつつ舞台を揺らし妨害もこなす。
シェダの支援や交代を許さず、許したところでリリルがカードを使ってくるのも想像がつく。
一瞬の判断が勝敗を分かつ中で、シェダの脳裏に浮かぶのは在りし日の己の姿と、そこで学んだ出来事だった。
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