漆黒の一撃

 あまりの衝撃に部屋全体が、城全体が揺れて吊るされる檻も激しく揺さぶられ、大穴に湛えられていた水も舞い上がり雨となって部屋に降り注ぐ。

 ノヴァと共に伏せたタラゼドが状況を把握しつつも、シェダが切ったカードの正体を悟る。


「アセスのブレイクを条件とし、リスナーが受けた衝撃に比例した膨大な魔力の爆発を起こすソウルバーニングのスペル……これを使うリスナーがいるとは……」


「し、シェダさんは!? 勝負はどうなったんですか!?」


「わかりません。ですがこの中で使うのはあまりにも……」


 その恐るべき威力もさる事ながら、発動条件が極めて限定的で使用する者がまずいないソウルバーニングのカードは、ノヴァらと同じく檻にいるリオもよく知っているカードだ。

 普通ならば使わない、だがシェダはそれを使って起死回生の一手とし放った。


(強い覚悟でなければ使えないカード……十二星召相手に不利な状況を覆す事はできたのか……?)


 檻の揺れが少しずつ落ち着くと共に舞台を覆い隠す白煙も晴れ、砕け散って浮かぶ舞台の姿が露わになる。

 力なくプカプカと水に浮くクラーケンのエレンは全身を焼かれたような傷を負い、ヒドラのマリアは全ての頭を吹き飛ばされ倒れている状態だ。


 その二体のアセスの主たるリリルはと言うと、ただでさえ露出が激しい服が半分破けた状態で佇み、だが静かに頭から流れる自身の血を触ってわなわなと震えていた。


わらわに傷を負わせるだと……? 小童ごときが、このリリル・エリルの身体を傷つけるだと……!」


 リリルの背中より白色の膜を持つ翼が生え指先の爪も鋭く長く変化するも、反対側にてゆらりと立ち上がるシェダが血を吐きつつも前へと進む姿を見てリリルの怒りが少し鎮まる。


「まだ動ける、か……よかろう、今はまだリスナーとして小童の相手をしてやる」


「でなきゃ困るぜ……仲間を、返してもらわねーと……!」


 翼を閉じ体内へと収納するリリルに答えたシェダだが、全身がズキズキと痛み気を抜けば意識が飛びそうな程であった。

 乱れた呼吸を調えようとしても戻らず代わりに血を吐き、それでも戦わんとする姿は痛々しく、そして、何処か誇り高い。


(似ている……わらわが愛するあやつに……)


 シェダの姿にリリルは誰かを重ね見ながらも気を鎮め、チラリと倒された自身のアセス達に目を向けてからカードを引き抜き、淡々と使用し戦いを続ける姿勢を示す。


「スペル発動リプレイス。戻るが良い、マリア、エレン」


 倒された二体のアセスがカードへ戻りリリルの手元へ。そしてその内の一枚をカード入れへ戻し、残した一枚に魔力を込め再び壊れた舞台へ投げて召喚する。

 姿を現すのは半身を失ったヒドラのマリア。と、無残に血を流す傷口がボコボコと蠢くと次の瞬間に無傷の頭が映えると共に傷が完治し、さらに頭が分かれ五つへと増え姿を戻す。


 これにはシェダも舌打ちしつつ、しかし、ようやく見えた勝機を掴むべくカードを引き抜いた。


「誇り高き魔槍の使い手よ……その疾き技で勝利を貫け……! あとは頼むぜ、ディオン!」


 思いを込めてシェダが召喚するは魔人ディオン。魔槍を振るって構えを取りつつ、今にも倒れそうなシェダに目を配る。


「流石に今回は無茶をしすぎだ。もっと早く俺を出せば良かったものを」


「勝つ為には相手のカードと戦術を把握し、戦いの流れを引き寄せてから最も信頼するアセスで決める。そう師匠に習ったから、な……だから必ず勝つんだ、お前達と一緒に……!」


 ぼろぼろの身体でもシェダは笑みを浮かべその目に宿る闘志を強く燃やす。ディオンもため息をつきつつも魔槍を握る手に力を入れ、割れた舞台の一部に飛び乗って敵と相対する。


 シェダにはもう後がない。だが消耗に対して魔力はまだあるのは幸運というべきかもしれない、無論それ以上にリリルの方が余力があり当初の油断や余裕を出さず冷徹に攻めてくるのもわかっていた。


(ここまでは、考えた通り……どうやってあのマリアとかいうのを倒すか……)


(ヒドラを殺す方法はいくつかある。再生できぬように傷口を焼いてしまう、毒抜きを行う……だがここは、俺のやり方でやらせてもらう、上手く合わせろ)


 魔力はあっても身体がぼろぼろのシェダに正確な判断は難しいだろう。それはアセスであるから余計に伝わり、ディオンの言葉に小さく頷いて応えるのがシェダもやっとである。


 リリルが召喚しているマリアは強靭な生命力、再生力、猛毒を備えたヒドラの中でも大物と言えるだろう。半身を吹き飛ばされた状態から再生したとなれば尚更だ。


 ソウルバーニングの余波が完全に治まると共にディオンの姿が浮島から消え、刹那にマリアの右側より魔槍を振り抜きながら進み素早く離脱。

 直後にマリアの五つの頭が切り落とされるが、すぐさま生え変わって毒液を逃げ場がないほどに吐き散らしながら迫った。


「スペル発動プロテクション!」


 薄い膜で守れたディオンだが、構わずマリアは毒液を浴びせ続け結界ごとディオンを完全に毒で覆い尽くす。そしてしならせた尾の一撃で結界ごと弾き飛ばし、勢いで毒液と結界とが解けた所に俊敏に迫り牙を剥く。


「スペル発動アクアチェーン! 逃さぬぞ!」


 ディオンの背後の空間より襲い来るは、リリルのスペルによる水で出来た無数の鎖・チェーン系に属するカードの力である。前からはマリア、後ろからはアクアチェーンの挟撃にディオンは目にも止まらぬ速さで全て避け切り、だが壁際へと追い込まれ逃げ場が限られていく。


「スペルを自力で避け切るとは褒めてやる。だがこれにて終幕としてやろう……スペル発動ポイズンフォール!」


 称賛しつつもリリルは次なる一手を繰り出す。発動されたスペルにより毒々しい色の雲のようなものが天井に現れ、やがて降り注ぐのは紫の五月雨というべき毒の雨。

 回避しようがない中でさらにマリアが五つの頭を束ねて毒液を重ねて放ち、猛毒の砲弾がディオンへと向かう。


「シェダ!」


 魔槍を縦に構えながら共に戦うリスナーの名をかつての英雄が呼び、応えるようにし満身創痍の身体から力を振り絞る若きリスナーがカードを引き抜き、全てを賭けた。


「スペル発動ウォリアーハート!」


 燃える炎のような光がカードより放たれディオンを包み込み、刹那、ぐるんと大きく魔槍を振るったディオンの足元が沈み込み、歯を食いしばりながらその技がマリアを穿つ。


黒雷斬刹ネロ・スクーレ……!」


 黒色の軌跡を描いて上へと振り抜かれる魔槍から漆黒の刃が幾重にも放たれ、猛毒の砲弾を霧散しマリアの全身を刺し貫いて切り裂くと、刹那に魔槍から黒色の影が伸びて巨大な刃を作り出し、凄まじい威圧と共に振り下ろされマリアの身体を跡形もなく粉砕する。


(再生力があろうとも、資本となる身体を完全に粉砕すればそれはできん……! そして……!)


 己の技でマリアの能力を上回り打ち破ったディオンであるが、さらに彼の技を後押しするようにシェダが最後のカードを引き抜き詰めに入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る