反撃の咆哮
「ありがとうセレッタ、休んでて」
静かにエルクリッドはセレッタのカードにそう声をかけ、カード入れに戻し別のカードを引き抜いた。
その時、既に彼女の眼差しや雰囲気が先程まであった威圧感はなく、負傷による痛みを堪えて手で口の血を拭う所から元に戻ってるのをニアリットは悟る。
(さっきのは一体……あれはまるで……)
心当たりが浮かびかけるが、今はまだ試練の途中とすぐに切り替えニアリットはエルクリッドを見つめた。
だがそんな状態であっても、エルクリッドはニッと不敵な笑みを浮かべ指先に挟むカードに魔力を込めた。
「流石は十二星召ですね、強くて、敵わない……でもあたしには倒したい相手がいます、越えたいやつがいる、負けたくない相手が……」
脳裏に浮かぶ宿敵の姿が闘志をより強く燃やし、エルクリッドの目の光がより強さを増す。それが風前の灯火の最後の激しさではなく、確かな勝機を見つけた輝きだとニアリットは察し耳を傾け続けた。
「ニアリット様、あたしは……あなたに勝ちます!」
「その勢いは良し、なればこのニアリットとタイタノスを越えてみせよ!」
「もちろんです! 出番だよ、ダイン!」
痛みよりも熱さが、疲労よりも闘志が、恐れよりも前に進む事がエルクリッドを突き動かし目の輝きをより強くする。
そんな彼女を迎え撃つニアリットも闘志が高まり、そしてエルクリッドが繰り出すのはチャーチグリムのダインだ。
白く美しい毛並みに金の円環を背負う聖なる力を持つ猟犬チャーチグリム。召喚されるとダインはすぐにエルクリッドの方に向き、じっと血が流れる左手を見つめると耳を垂らし、ペロペロ舐め始めそれにはエルクリッドも微笑むしかない。
「あなたは本当に優しいねダイン。あたしは大丈夫だよ……だから、一緒に戦って」
純粋な思いが冷静さを伝えるように、エルクリッドは高まった熱さはそのままにダインと共にタイタノスを見つめた。
ここでダインを呼び出したのはちゃんとした理由があってのこと。ふーっとエルクリッドが息を吐くのに合わせてダインも足に力を入れつつ身を屈め、少しの静寂の後にタイタノスが拳を振り上げると同時に地を駆け抜ける。
(何故チャーチグリ厶を……? あの目は、最後のあがきというものではない)
チャーチグリムという魔物は特別珍しい存在ではない。だからこそニアリットは警戒を強める。
何かを狙うエルクリッドの最後の策があるとわかっても、それを真っ向から受けるのが十二星召としての矜持であり最大の敬意だと。
タイタノスの拳を避けたダインはぬかるみなど気にしない程に機敏に、体躯の差にも怯まずにタイタノスの股を抜けて背後に回り込む。
そして反転しつつ急停止するとダインの円環が煌めき、エルクリッドも素早くカードを引き抜いた。
「ツール使用ホーリーベールッ!」
柔らかな光と共にダインの身体を優しく包み、やがて頭に纏われるのは白く輝くベールだ。
アセスに対し武器や盾などを与え使わせるツールカードの使用は、スペルによる直接支援と比べツールそのものが存在する限り有効な点で勝る。
ベールを纏ったダインはしっかりとタイタノスを捉えると、身体を軽く震わせ全身を伸ばすようにし天へと咆哮し遠吠えを響かせ始めた。
「ダイン! あなたの声を響かせ魂を揺らして!」
エルクリッドの言葉に呼応するようにダインの遠吠えがより大きくなる。何処か寂しげで鎮魂の祈り歌にも聴こえるそれは、聞いたものの心を癒やすかのよう。
その声に触れたタイタノスは突如としてカタカタと震えながらビシッと音を立て、深い亀裂が全身に走り始めた。
何とかダインの方へ振り返り終えた時には亀裂はより深く、大きく、両腕が砕け取れてしまうほどに状態は悪化し、遠吠えがより強く響く度に崩壊も速まっていく。
「チャーチグリムの遠吠えは鎮魂の歌、本来なら攻撃にはならない……でも、作られた生命たるゴーレムにはその魂を震わせることができる!」
ゴーレムとは人造生命、魔法により作られた生命を術式で固定し留めているようなもの。いわば彷徨う魂も同じ。
たとえ鉄壁を誇る素材で作られ加工をされていようとも、生命そのものを解放される術はどうあっても避けられない。セレッタが攻撃を仕掛け続けた最中に考え導き出したエルクリッドが見つけたタイタノスの攻略方法である。
「流石はあの男の下で鍛えられたというだけはある、このニアリットのタイタノスを打ち破るには直接生命に干渉する術以外にない。だが、我がその対策をしてないと思ったか!」
力強く引き抜くカードに魔力を込めたニアリットの目つきが鋭く、その瞳に宿る闘志もまた強く燃え盛った。
十二星召の一人相手に容易く勝てるとはエルクリッドも思ってはいない、ここからが本当の勝負と予感しカード入れに手をかけた。
「スペル発動リクリエイト、ゴーレムを再構築する!」
崩壊が始まっていたタイタノスの足元より土砂が巻き上がり、それがタイタノスの身体に巻き付くように亀裂や破損部分を埋めていき、一度は崩壊した腕も再び形成されていく。
ゴーレム専用スペルカードというのは初めて見たエルクリッドだが、ニッと口元に笑みを浮かべるとダインに目を配って息を合わせた。
「行くよダイン! スペル発動っビーストハートッ!」
足を開き高らかに吼えるダインへエルクリッドが解放するスペルの力が流れ込む。
そして刹那にタイタノスに集まっていく土砂を足場とし、猛るダインが一気に上を目指す。
「そのまま決めて!」
(ビーストハートでさらなる強化を……だがその牙で砕けは……)
炎も水も効かず魔法にすら耐え抜き、再構築によって完全崩壊を防ぎ修復完了済み。強度は多少下がれどもタイタノスの防御力ならば弾き返せると、ニアリットは確信していた。
だが、エルクリッドとアセス達の勢いはその上を行く。
両手を合わせて叩き潰さんとしたタイタノスの一撃であったが、手から覗くのはダインがつけていたホーリーベールのみ。
次の瞬間にダインがタイタノスの首根っこに牙を突き立て、瞬間、細かな亀裂が一気に大きく深く広がりタイタノスの頭が跳ね飛んだ。
(馬鹿な……いや、これを狙ったのか……!)
驚愕、だがすぐに戦いを振り返りニアリットはタイタノスの首部分への攻撃があったのを悟る。
最初のヒレイとの戦いでは初撃を回避しての反撃を頭に受け、続くセレッタの至近距離からの魔法攻撃が負担を大きくしていた。
リクリエイトでの再構築はあくまでも応急処置に過ぎない。深部まで達していた損傷を捉えて狙い、この展開に運んだ。
偶然か? 否、そうではないと悟りながらニアリットはふっと笑い、崩れ去るタイタノスと共にその場に倒れ伏した。
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