集中

 指示を受けずとも水馬ケルピーセレッタが闘技場内を駆け抜け始め、通った後に水溜りが広がり闘技場内を水浸しにしていく。

 そのセレッタをタイタノスは追いかけようとせず、身体を向けようともせず、無理に追う必要はないと判断しているようだ。


(ゴーレムの自己判断能力は決して高くはないけど、やっぱり十二星召ともなれば格が違う……でも、勝たないと!)


 手を握りしめながらエルクリッドは分析から策を練る方向へ思考を働かせ始め、悟ったセレッタも駆け回るのをやめて勢いよく前足を水溜りに叩きつけ、次々と作り出した水溜りが炸裂しながらタイタノスへと迫る。


 間欠泉の如き威力の魔法攻撃を正面から受けてもタイタノスは微動だにせず、しかし、その足下から噴き出すものを受けた事で姿勢が崩れ大きくよろめいた。

 そこからセレッタはさらに畳み掛ける。頭を上げて宙空に水の槍をいくつも作り出して放ち、更に同じものをタイタノスの四方八方から出現させ一気に襲いかからせた。


 だが堅牢強固なタイタノスの身体を貫く事も傷つける事もできず、弾かれ、あるいは砕けた槍は水となってびちゃびちゃとタイタノスの足下を濡らしていくだけだ。

 

「言っておくが、我がタイタノスは耐熱と防水加工を施してある。それを越えられても元々の素材故に水は吸収できるぞ」


「わかってますって! それくらいでないと、あたし達が挑む意味はありませんよ!」


 ニアリットに快活に答えたエルクリッドが次なるカードを引き抜く。

 狙いが読まれているとわかっていてもエルクリッドは揺るがず、ニアリットもそれを真っ向から受けんと堂々たる姿勢を崩さない。


 その思いは互いのアセスにも伝わりより闘志を高め、攻防へと反映されて行く。


「スペル発動バインドミスト!」


 セレッタが数多作り出した水溜りを媒介とし霧が発生し、それが視界を遮ると共にタイタノスにまとわりついてそのまま凝固し灰色の鎖へと変わる。

 水気がある程に強力になるバインドミストのスペル効果にタイタノスも身動きできない、と思われたがぐぐっと力を入れて強引に鎖を千切って見せる。


「上だ!」


 虎視眈々沈着冷静に、ニアリットの言葉にタイタノスが上を確認せずに左拳を勢い良く突き出し、いつの間にか形成されていた水の玉を粉砕して見せた。

 霧で視界を封じてもセレッタが仕掛ける魔法の布石を見抜いて指示を出し、それに迷わず応える形で行動する。リスナーとアセスの繋がり、ひいては戦いというものをエルクリッドは改めて認識させられ、負けじとさらに攻め立てる。


「セレッタ! あたしの魔力は気にしなくていいから思い切りやって!」


「承知しましたエルクリッド、あなたに勝利を届ける為に全力を尽くしましょう」


 エルクリッドとセレッタもまた繋がりの強さでは負けはしない。が、今の自分達の実力とカードではニアリットとタイタノス相手が高すぎる壁であること、どうすれば越えられるのか糸口すら掴めていないのもまた事実だ。 


(カッコよくは言ったけどどーしよ……力でも駄目、魔法も駄目、燃やして冷やしても駄目……)


(何とか僕が突破口を見つけます。エルクリッドは前を見て、集中してください)


 俯きかけたエルクリッドの傍らにやって来て軽く擦り寄ったセレッタが再び前へ駆け出し、応えるようにエルクリッドもパンッと自分の両頬を叩いてまっすぐ前に目を向け集中力を高めた。

 例え強敵でも何かしら隙や弱点、思わぬ落とし穴はある。十二星召というリスナーの頂に君臨する者達にそれはない、だからこそ深く思考しまだ見えぬ可能性を掴み取る。


(集中、集中……仕草、環境、息遣い、見逃さないようにしなきゃ。一瞬も見逃しちゃ駄目、勝つ為に……!)


 心の中で自らにそう言い聞かせるエルクリッドから雑念が消えていく。聴こえるのは自身の鼓動のみ、セレッタの戦いを見守りながら全神経を研ぎ澄ませていく。


 セレッタがタイタノスの鉄拳を避けながら、拳により打ち上げられる泥水に紛れるように水気を蓄え一気に放ち、一つ一つが鋭い矢となるが堅牢強固なタイタノスには刺さらず弾かれるのみ。

 すかさずタイタノスがセレッタを掴みにかかり大きな掌で握りつぶすも、それは水でできた身代わり。セレッタ本体はタイタノスの肩に乗って足下から多量の水を逆巻かせ、水の竜を作り出しそのまま頭部目掛け至近距離からぶつけにかかった。


 大瀑布の如き水竜の勢いはタイタノスをよろめかせ、びし、びし、と何かが割れるような音が水の流れに混じり聴こえてくる。

 頭に食らいついてそのまま身体を回転させねじ切らんとする竜は生きてるかのよう。それがセレッタの闘志を表すものというのは言うまでもなく、流石のニアリットもカードの使用をせざるを得ない。


「スペル発動アースガード」


 淡々と発動したニアリットのスペルによりタイタノスの身体を淡い緑の光が包み込み、セレッタの水竜の動きも鈍くなり力で押し切れない程に強固さを増す。

 刹那にセレッタが飛び退くがタイタノスの豪腕が逃さず捕まえ、そのまま強く握り締めてから勢い良く地面へ鉄拳を振り下ろす。


 凄まじい衝撃が大地を砕き、飛び散った泥水が治まると共にタイタノスの拳がゆっくり離れ、無惨に全身を砕かれたセレッタが力なく埋められていた。


「このニアリットのゴーレムを相手に、己の技のみで傷をつけんとしたアセスはそうはいない。見事な強さだ」


 力尽きたセレッタがゆっくりと煙のように姿を消すのに合わせニアリットが称賛を贈り、ふと、エルクリッドが沈黙している事に気がつきニアリットは目を向けた。


(なんだ、アセスがやられたというのに……)


 思わず一歩下がるほどに、それは異様とも取れるものだった。


 アセスが撃破され、ブレイク状態となった事でそのリスナーにも衝撃が伝わり傷となる。アセスの受けた痛みや傷に比例しそれは大きなものとなり、場合によっては一度の衝撃で意識を喪失し、最悪死に至ることもある。


 今、エルクリッドが受けたものはかなりの衝撃である。しかし、彼女は口から血を流しダラダラと頭や腕から血を流しながらも、微動だにせずまっすぐ前を見て相手を捉え続けていた。

 気絶しているわけではない、極限まで集中していることで傷を負ったことなど意に介さない程に。


 数多のリスナーを試してきたニアリットですら今のエルクリッド程の者は見たことがなかった。タイタノスを捉えるエルクリッドの瞳は細く、獣の眼光の如き鋭さと強さに満ちていたから。


 

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