#4 雪が小学校四年生のとき(雪9歳・雨8歳)

やがて月日がたち、雪は四年生、雨は三年生なります。

横スクロールを駆使して二年の歳月を描く演出は、この映画でも評価が高い見どころ。あっという間に二年の月日が経ってしまいます。雨はすっかり学校に行かなくなり、自然センターのシンリンオオカミと交流したり、山に入り浸るようになります。

雪は決意した通りおしとやかな女の子になり、お転婆でワイルドな姿はもうありません。しかし、転校生の草平がきっかけで、事件を起こしてしまいます。

草平に「獣くさい」と言われて、雪はそれを気にします。女の子であれば誰でも気になりますが、おおかみこどもの雪にとっては切実です。雪は「おしとやかに生きる」と決意してから、おおかみであるもう一人の自分を封印して生きています。その内面を見透かされて指摘されるのは、雪にとって辛いことであり、差し迫って大きな問題であるはずです。

雪には二つの内面があります。一つは人間としての自分。もう一つは、おおかみとしての自分です。その二面性を意識させるアイテムが鏡です。

鏡は二つ出てきます。一つ目はトイレで手を洗い、腕のにおいを嗅ぐシーン。二つ目は、草平に追いかけられて階段から降りるシーンで、巨大な鏡が出てきます。この階段の鏡は雪が小学校に入学した直後、階段を走ってはいけないと注意される場面で出てきましたが、このエピソードではいかにも意味ありげな感じで登場してきました。

トイレで手を洗った時も、草平から逃げて階段から降りるときも、雪は鏡を直視しません。トイレで手を洗うときはそっぽを向いてしまいますし、草平から逃げるときは逃げるのに夢中で鏡のことを気にも留めません。おおかみであるという、もう一人の自分に向き合うことができない、もしくは、向き合おうという気持ちが無いからです。

草平ともみ合いになったとき、雪は自分がおおかみであることを突き付けられるのに耐え切れなくなります。そして、封印していたおおかみである自分を露にしてしまいます。


草平の母親に雪と花が怒られるシーンで、草平は「おおかみがやったんだ。だから雪は悪くない。」と話します。花は頭を下げながら、みるみる驚いた表情に変わっていきます。ついに人前でおおかみになってしまったんだ、というストレートな驚きもあるでしょうが、私の知らない雪の内面の変化がある、という驚きもあるはずです。雪の複雑な内面と苦悩を、花がどこまで理解しているのか定かではありませんが、花が雪の成長スピードに多少なりとも置いていかれているのは間違いないはずです。

それに対して雪は、頭を垂れたま動じません。雪は草平の言葉を聞いて、人間である私は肯定してくれたけど、おおかみである私は否定されたと受け取ったはずです。私は、みんなの前では人間の雪ちゃんとして接しているけど、内側では恐ろしいおおかみである自分がいて、それを押し殺している。そんな内面が抑えきれなくて草平を傷つけてしまった申し訳なさ。おおかみである自分がほかの皆にも知られたらどうしようという気持ち。そして、おおかみにならないという母との約束を破ってしまった申し訳なさ。様々な感情が押し寄せて、雪は泣いてしまいます。


しかし草平は実際のところ、雪についてどう考えているのでしょうか。その胸の内がわかるシーンが、すぐに出てきます。草平は雪が不登校になってから、雪の家へプリントやパンを毎日届けてくれるようになります。花は草平にメロンソーダを出して、雪に怪我させられた時のことを聞きます。草平は、「やったのはあのおおかみだから、つまり雪は悪くない」と改めて話した後、「おおかみは嫌い?」と花に聞かれたとき、「別に嫌いじゃない」と答えます。雪は悪いことをしました。しかし草平は、雪のおおかみである内面そのものを拒絶している訳ではないのです。


雪の内面が詳細に描かれるのに対し、内面が描かれないのが雨です。雨は山の主であるキツネに弟子入りして修行に励みます。修行の様子は描かれているものの、その意味や目的、そして雨の内面の変化は、雪ほど詳細に描かれません。雨は自然センターの「ふるさとの自然」という大きな絵を見ながら、山や自然のことを楽しそうな様子で花に話します。もともと花が自然センターで働き始めたのは、雨に山のことを教えるためでした。しかし、雨は知らないうちに先生を見つけて、親の知らないうちにおおかみとして立派に成長しているのです。


人間として生きる雪と、おおかみとしての道を歩む雨。二人の間で、摩擦が生じます。雨は雪に山に行こうと誘います。草平のように、自分がおおかみであることを突き付けてくる雨に、雪は腹を立てます。逆に、おおかみであることを誇りに思っており、なおかつ人間社会になじめない雨は、学校に来させようとする雪に苛立ちます。最後に二人とも四足歩行のおおかみの姿になって大喧嘩。雪はお風呂まで追いやられてしくしく泣いてしまいます。またおおかみになってしまったことが辛かったのでしょう。

花はおおかみおとこの遺影(免許証)に、「二人とも自分の道を歩み始めているのに、どうしてこんなに不安なんだろう」と語ります。それは、二人が自分の内面の折り合いを上手くつけることができず、破綻しそうな危うさを孕んでいるから。また、二人の子供の成長に付いていけないという、母親としての苦悩もあるでしょう。

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