#2 富山移住編(雪5歳・雨4歳)
花は東京を離れ、富山の田舎への移住を決意します。富山へ移住した理由はおもに二つ。一つ目は、雪と雨が「おおかみこども」であることを隠すのに限界を感じ、なるべく人目に付かない場所で育てたかったから。二つ目は、雪と雨が、人間とおおかみ、どちらの生き方も選べるようにしたかったからです。
富山に移住してから雪と雨が小学校に入学するまでは、この二つを軸に物語が動いていきます。動いてゆく物語の中で、花は自力だけで子育てと生活をこなそうと奮闘しますが、花一人では無力であることが描かれてゆきます。
花は二人の子供におおかみとしての経験もさせるため、二人を山に連れ出します。花は本を読んでおおかみの狩りについて二人に教えてやりますが、実際に狩りの様子を見せてやることができません。雪は自力でガンガン狩りをしますが、雨は狩りや自然に興味を持つことができず、枯れた木の下で戻してしまいます。雨は泣きながら移動図書館で借りた絵本の話をして、「おおかみはみんなに嫌われて、最後には殺される。だったら僕、おおかみは嫌だ。」と胸の内を明かします。枯れた木の下で雨をなだめる花を、雪は少し離れた影の中から見ています。
広い空間の中に三人がぽつんといて、さらに三人がいる場所にだけ暗い影が落ちています。富山に越してから生命があふれるカットばかりだったのに、このカットだけ生き物の気配がありません。この場面は人によって様々な解釈ができそうですが、三人の生活の先行きが見えない不安や、絶望感が感じられます。花は雨に「みんながおおかみを嫌っても、お母さんだけはおおかみの味方だから」と答えますが、広い世界で味方がお母さんだけ、というのはいくら何でも寂しいですよね。雨は花の言うことを聞いて安心したようですが、花の力だけではどうにもならない現実が、あまりにも美しい風景の中で残酷に突き付けられます。
さらに花の無力を突き付けられるのが次の場面。せっかく植えたトマトが枯れてしまい、「私たち、これからどうなるの?」と、雪を不安にさせてしまいます。空が紫色に染まる夕暮れ時の畑で、「お母さんが何にも知らないのがいけないの」という花のセリフと、「大人なのに?」という雪の返事は、花の無力さをさらに際立たせています。
そんな花を支えたのは、花の周りにいる里の人たちです。花を特に支えたのが、韮崎のおじいちゃん。花にじゃがいもの育て方を指導します。「そんな掘り方じゃあダメだあ」「水なんかやるな。ほっとけ。」など、ぶっきらぼうだがギリギリ怒っているように聞こえないセリフは、菅原文太さんの演技が光ります。他にもキャベツの植え方を教えてくれた二人組や、木酢液を持ってきてくれた夫婦。ママ友、冷蔵庫を持ってきてくれた二人組。そして、雪と雨も忘れてはいけません。じゃがいもが野生動物に荒らされずに済んだのは、ほかでもない雪や雨のおかげなのです。沢山のひとたちに助けられ、花たちの生活は上向いてゆきます。
一方、雪と雨にはさらなる成長が見られます。例えば雪が保育園に行く!と駄々をこねるシーン。東京にいた頃はすぐおおかみの姿になっていましたが、少し抑えられるようになりました。「おおかみこどもであることを知られてはいけない」という花のいいつけも守れます。雪は地域に人と積極的に話せるようになり、雨も人見知り気味ですが、びびって家の奥に逃げることはなくなりました。
一番成長や変化があったのは雨でしょう。大雪が積ってスキーする場面の直後、雨はヤマセミを獲ろうとして川に落ちてしまいます。雨は「急に何でもできるようになった気がしたと」言い、「雨は別人のように変わっていった」と十二歳の雪がナレーションで語ります。雨の大きな成長を描いたエピソードですが、なぜ成長したのか、できたのかを説明する部分が不気味なほど無く、得体のしれないものとして描かれます。
今後、雪と雨の成長について物語は進んでゆきますが、その描かれ方はより対照的になってゆきます。雪の成長は、「なぜ成長したのか」という理由や因果関係、雪の胸の内が丁寧に描写されますが、雨はその点が丁寧に描かれず、成長の結果のみが描かれてゆきます。雨の成長に花や観客がついてゆけずに取り残されてゆく感覚が、このエピソードを皮切りに続いてゆくのです。
最後に、ここで触れなければならないのが、韮崎のおじいちゃんの「笑うな!」でしょう。#1東京編で、花はおおかみおとこに、「お父さんから、辛い時でも苦しい時でも笑っておけ、と教わった」と話すシーンがあります。そして映画内でも、花が苦しい表情を無理やり笑顔で隠す場面が多々盛り込まれます。おおかみおとこに待ちぼうけを食らうシーンや、おおかみおとこの死後に子供ををきちんと育てると決意したシーン、特に富山に越してからは、無理やり笑顔のオンパレードです。そんな花を、韮崎のおじいちゃんは「笑うな」と一刀両断します。
そんなおじいちゃんの指導を通じて、花にも変化が訪れます。ジャガイモの収穫が終わって韮崎のおじいちゃんにお礼を言うシーンから、花は辛いことを一人で抱え込まなくなり、苦しい表情を笑顔で無理やり隠さなくなります。農作業中にすくすくと育つ入道雲のカットが印象的でしたが、あれは花の成長の象徴といえるでしょう。この映画では子供だけではなく、親の成長も描かれているのです。
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