#1 東京編(雪~5歳・雨~4歳)
※性行為に関する解説があります。
花がおおかみおとこと東京で出会う場面から富山に移住する決心をするまでの出来事を、12歳の雪の語りで描かれます。
花は国立大学に通う大学生。奨学金とアルバイト掛け持ちで大学に通っています。花はモグリで授業を受けるおおかみおとこに出会います。二人は恋に落ち、交わり、おなかに雪を授かって、質素で幸せな暮らしをしてゆきます。しかし、おおかみおとこは下水で死んでしまい、花と二人の子供は取り残されることに。花は大学を休学し、アパートで少ない貯金を切り崩しながら二人を育ててゆきます。おおかみこどもの子育ては過酷で、子供が夜泣きしては怒られ、おおかみになり遠吠えしては怒られ、おおかみの姿でいたずらするからアパートの部屋はボロボロ。「おおかみこども」であることを隠すために病院に連れてゆくこともできず、児童相談所にネグレクトを疑われます。
この序盤のシーンは、「大学在学中に子供を作るのは無計画すぎる」「貯金で育てるのは絶対に無理。設定が甘すぎる」などなどといった批判を受けやすい部分です。「国立大がこんなに洒落てるキャンパスなわけない」という批判も目にしました。
しかしここで注意が必要なのは、雪の語りで描かれているという点です。基本的にここまでの話は、雪が母である花の思い出話を聞いて、想像しているにすぎません。雪が生まれる前の話はもちろん、「それから母が大変な思いをしたことを、私はあまりよく覚えていません」と雪が語るように、生まれてからしばらく続く苦労話も、母の話を聞いて想像しているにすぎないのです。
序盤に抱かれやすい疑問や批判は、雪の視点から描かれた物語だから、という理由である程度は説明がつきます。中一女子が都内の大学と聞けばキラキラしたキャンパスを想像するのは自然でしょうし、子育てや暮らしにかかるお金についても、中1ならば「少ない貯金でも何とか節約して頑張ったんだなあ」と素直に納得しても違和感はありません。観客、特に子育てを経験した大人が抱きがちな違和感がこの映画でことごとくスルーされているのは、語り手が十二歳の少女だから、という背景があるからではないでしょうか。また、花とおおかみおとこの同棲生活がダイジェストで描かれてるシーンは、両親の生活を思い描いた雪の妄想そのものなのかもしれません。
ただし、この映画の序盤全てが雪の想像だけで描かれているかと問われると、そうではないと思います。花と人狼のおおかみおとこがセックスするシーンは、明らかに雪の想像の外。花とおおかみおとこ、そして観客だけにしか見せていない場面でしょう。ここもかなり批判を受けがちな場面ですが、細田監督はこだわりを持ってこのシーンを採用したようです。
「"子育てもの"の根拠としてこれ(セックス)がある以上、彼らはそこまで踏み込んだ」
「それを言葉で表現してしまうといけない、言葉は信用ならないものであるから、行動でそれを示さなければならない」
(引用元:https://cinema.ne.jp/article/detail/39060#toc2)
わざわざ人狼の姿で描かれている理由としては、セックスをan anの表紙のようなスタイリッシュなものではなく、生物の生々しい営みとして表現したかった、というものが考えられるでしょう。おおかみおとこは人間としても、おおかみとしても生きられない中途半端な存在である、という面白い考察をされている人もいました。子供が見る可能性がある映画で、なおかつ語り手である雪の想像外であるという矛盾を抱えながらこのシーンをぶっこんできたのは、この物語で重要な役割を果たしているからにほかなりません。
このように光る演出は、序盤からほかにも出現します。細やかな例としては、いくつかのシーンに登場する牛乳瓶やコップの花瓶が挙げられるでしょう。花が抱く希望や充足感の象徴と考えることができ、おおかみおとこが死んだ時には、空の瓶を映すことで花の虚無感を補強します。雪が乾燥剤を飲んでしまい小児科か動物病院の二択に迷うシーンは細田監督の十八番。登場人物を三叉路に立たせて二択を迫る演出は、時をかける少女でも見られた演出です。
早朝の公園で雪と雨が鬼ごっこをするシーンでは、雪は四足歩行と二足歩行を自在に切り替えます。この様子は、人間でもなければおおかみでもない、どっちつかずな状況を分かりやすく表しています。
おおかみになれることという要素は、一体何のメタファーなのでしょうか。発達障害のようなハンディキャップと重ねる人もいますが、どちらかというと内面とか、生きる道と考えた方が近いでしょう。おおかみとして生きるのか。それとも人間として生きるのか。雪と雨にはその二つの内面と道があるのです。そして、二人はどちらの生き方を選ぶのかついて大いに悩みながら、成長してゆきます。
花はこのシーンで、「これからどうしたい?人間か、おおかみか。」と二人に尋ねます。二人はまだピンと来てなさそうですが、雪は人間と言ったとき、雨はおおかみと言ったときにはっとと反応する様子を見せます。この小さな表情の変化と、そのあとに三人で眺める朝日は、クライマックスにむけたささやかな伏線となっています。
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