親友が男の娘モノのラノベを徹夜で読んでいた件
一ノ瀬SIDE
朝の空気は、やけに眩しかった。
まぶたが重くて、足取りもどこかふわふわしている。
(……完全に寝不足だ)
理由は分かっている。
というか、自分のせいだ。
昨夜――というか、ほぼ朝まで読んでいた。
あのラノベ。
『男の娘だって恋がしたい! ~幼馴染の正体が俺のタイプすぎて困る件~』
気づけば、巻末のあとがきを読み終えていた。
もう止まらなかった。
読みながら何度もページを閉じかけた。
けれど、先が気になって手が止められなかった。
そして気づけば、自分の鼓動がいつもより速くなっていた。
(……あんなに感情移入するなんて思ってなかった)
いや、ただのラノベだ。
それに、別に僕が男の娘ってわけじゃない。
ただ少し、髪が長くて細身なだけだ。
ただ、それだけのはずなのに――
なぜか、主人公にちょっとずつ引かれていく、男の娘の幼馴染に、自分を重ねてしまっていた。
「お前が、男でも。俺は、お前が好きだ」
そのセリフが、頭の中で何度も繰り返されている。
まるで呪文みたいに。
(……あのセリフ、拓真に言われたらどう思うんだろ)
そう考えた瞬間、頭が真っ白になった。
慌てて考えるのをやめた。
でも――
「おーい、蒼!」
聞き慣れた声が、背中から飛んできた。
びくりと肩が跳ねた。
(やば……)
振り返ると、そこには拓真がいた。
制服のネクタイがやや曲がっていて、寝癖が少しだけ残っている。
なんかいつもより寝不足みたいだ。
大方遅くまでゲームでもやっていたのだろう。
拓真はいつもこんなもんだ。
それで授業中に爆睡して、先生に怒られる。
「今日、ちょっと遅かったな。それに眠そうだな?」
「う、うん。ちょっとだけね……夜、読書してたから」
「おー、まじめかよ。何読んでたんだ?」
その一言に、喉が詰まった。
「え、あ……えっと……なんかネットで話題のラノベを……」
目をそらす。
視線が定まらない。
冷や汗が背中を伝う。
(やめろ、聞かないで、深掘りするな、頼むから)
「ふーん、また恋愛モノ?」
「まぁ……そんな感じかな」
なんとか笑って返す。
ぎこちない自覚はあったが、拓真は特に気にしてない様子で歩き出した。
その後ろ姿を見ながら、僕は思う。
――知られたら、どうなるんだろう。
僕が昨夜、どんな気持ちであのラノベを読んでいたのか。
そして、誰の顔を思い浮かべながら読んでいたのか。
(僕、こんな顔で、あと何日耐えられるかな)
通学路の坂を登りながら、僕は知らないふりを続ける。
――でも、心臓の鼓動は、バレバレだった。
高村SIDE
太陽がやけに眩しかった。
昨夜の寝不足がじわじわ効いてる。
……いや、寝不足っていうか、ほぼ徹夜だ。
いかんせん、夜更かしになれている俺でも、さすがに徹夜は堪える。
あー今日は授業中爆睡だ。
原因はもちろん――
『男の娘だって恋がしたい! ~幼馴染の正体が俺のタイプすぎて困る件~』
このラノベだ。
あのラノベを、まさかあんなにも読んでしまうとは思わなかった。
読み進めるたびに変な汗が出てきて、最終的には毛布に顔うずめながら読了した。
でも、読んでよかった。
読んだことで、いろんな感情が浮かんで、でも……まだ整理はついてない。
とりあえず今は、目の前の坂道を登るのに精一杯だ。
「おーい、蒼!」
声をかけた瞬間、前を歩いていたやつの肩がびくりと跳ねた。
(……あれ?)
ちょっと挙動がおかしい。
振り返った蒼は、いつもより目の下にクマができてて、どこかふわふわしてる。
寝不足っぽい顔。俺と似たようなテンション。
「今日、ちょっと遅かったな。それに眠そうだな?」
「う、うん。ちょっとだけね……夜、読書してたから」
読書――
その単語がやけに胸に引っかかった。
「おー、まじめかよ。何読んでたんだ?」
軽く聞いたつもりだったのに、蒼の顔が一瞬こわばった気がした。
「え、あ……えっと……なんかネットで話題のラノベを……」
視線が合わない。
目をそらして、妙に口ごもる。
あいつがこうなるのって、めちゃくちゃ怪しい。
(……なんか隠してんな)
でも、深くは聞かない。
なんとなく、今はそれは聞いちゃいけないような気がした。
「ふーん、また恋愛モノ?」
「まぁ……そんな感じかな」
薄く笑った蒼。
だけど、あの笑顔はいつもの自然なやつじゃなかった。
ぎこちないってほどじゃないけど――
あいつ、何かを飲み込んでる顔をしてた。
俺はそのまま、いつも通りに歩き出す。
後ろからついてくる足音は、少しだけ重くて、でも一定のテンポで続いてる。
(……なんだろうな、あいつ。
昨日の本、読んだ……のか?)
……まさかな。
でももし、読んでたとしたら。
しかも、俺の知らないところで、全部読んでたとしたら――
俺たちの関係が変わってしまうかもしれない。
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