親友が褒められるたびに、心がざわめいて困る。

一ノ瀬SIDE



四月の空は高くて、まぶしいくらいに晴れていた。

体育の授業はバスケットボール。

体育館の中は蒸し暑く、生徒たちの掛け声が反響している。


僕は壁際で、チーム分けされたグループの試合をぼんやり見ていた。

もちろん、その中に僕の親友の高村拓真もいる。


「おい、高村、ナイスパス!」


「おーし、リバウンドもらった!」


拓真は、いつも通り自然体だった。

身長があって、肩幅があって、筋肉質というほどじゃないけど男らしくて、運動ができる。

それだけで、視線を集めるには十分だった。


特に、女子たちの視線。


「高村くん、普通にかっこよくない?」


「えー、てか腕の筋やば……!」


「やっぱモテるのって、ああいう男子だよね~」


(……そういうの、わざわざ口に出す?)


僕は思った。

思っただけで、何も言わなかったけど。


ボールを追いかけて走る彼の背中は、いつも通り堂々としていた。

それを見て、「うわ、スポーツマン……」って女子がざわめいた。


それを聞くたびに、胸がちくりとする。


僕は、拓真と比べればずっとひょろいし、運動神経もそこそこどまりだ。

バスケなんて得意なわけじゃない。

シュートを打っても届かないときの方が多い。


だから、拓真の運動神経はすごいとも思う。

だから女子の視線が向くのも納得できる。

でも、なんでか分からないけど、女子の視線が彼に向くたびに胸の奥がざわつく。


ちくり、ちくり。

いや、自分でもわかってる。

これは、たぶん――嫉妬なんだと思う。


だけど、それだけじゃない。

だって、彼が笑うと、僕も安心してしまうから。

みんなに褒められてる彼を見て、うっすら悔しくなるのに、どこか誇らしくもなる。

こんなやつの親友なんだって。


(ああこんな気持ち、どう処理すればいいのか分からないよ)


そんなことを考えていたら、急にボールがこっちに転がってきた。


「あ、悪い蒼!取ってくれる?」


拓真が駆け寄ってくる。

汗で濡れたTシャツがぴったり肌に張り付いているのが目に入って、僕は一瞬だけ目を逸らした。


「うん、はい……」


ボールを拾って手渡すと、拓真がにかっと笑った。


「さんきゅ。お前、次の試合出る?」


「……うん、たぶん」


「じゃあ俺と同じチームだな。フォローするから、安心しとけ」


その一言が、やけに優しくて。

モヤモヤしていた胸の奥に、ほんの少しだけ風が吹いたような気がした。


でも、たぶん――


この胸のざわつきは、まだ終わらない。





高村SIDE



体育館の中は、熱気と汗のにおいでむんむんしてた。

体育の授業は割と好きだ。


体を動かしていれば、悩み事も消えるし、なにより授業中眠らなくて済む。

まあ、絶対その後の授業寝るんだが。


俺はリング下に張り付きながら、パスを待っていた。

足元でキュッと音を立てながら走ってくる蒼が目に入った。


蒼は幻のシックスマンよろしく、パスをカットする。


「いけ、蒼!」


「ナイスカット、一ノ瀬!」


チームメイトが声を上げて、蒼がボールを拾ってドリブルを始める。

なんだか今日はいつもより動きがいい。


――と思ったら、案の定。


「おい一ノ瀬、走り方かわいくね?」


「ていうかマジで、髪サラサラだよな……お前絶対前世女子だろ」


「ハーフアップとか似合いそうだな。俺がやってやろっか?」


「お雨本当に可愛いよな」


そんなことを言いながら、何人かの男子が笑いながら蒼の肩をぽんぽん叩いたり、軽く背中を押したりしてる。


蒼は「だからやめろって~」と苦笑しながら逃げるようにステップを踏んで、

でも――その表情は、まんざらでもなさそうに見えた。


その瞬間、

胸の奥で何かがモヤモヤと湧き上がった。


(……は?)


自分でも戸惑った。

ただのじゃれ合いだろ。蒼がいじられ役なのはいつものことだし。


でも――


俺の視線が、蒼に伸ばされた誰かの手に向いたとき。

蒼が笑いながら、その手を振り払うように首を振ったとき。


その距離感に、俺は思った。


(近ぇよ、お前ら)


なんでか分からないけど、心がざわついた。

シュートが回ってきても、手元が少しズレた。


「高村! おしい!」


「悪い、ちょっと滑った」


適当に言い訳をしてごまかす。

けど、気持ちは全然バスケに集中できなかった。


俺はただ――

蒼のことを、他のやつらが可愛いって扱ってるのが気に食わなかった。


理由は、聞かれても答えられない。

そんな、理屈にもならない感情が、喉の奥に張り付いて離れなかった。

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