幼馴染が男の娘モノのラノベを読んで焦ってた件

一ノ瀬SIDE



帰り道、ずっと胸のあたりがくすぐったいような、息苦しいような感覚が消えなかった。


あのタイトル――

『男の娘だって恋がしたい! ~幼馴染の正体が俺のタイプすぎて困る件~』


普通ならスルーする類のラノベだ。

……なのに、僕の目はそこに吸い寄せられた。

しかも、手に取ってページまで開いてしまった。


(あれ、拓真の……趣味なのか?)


そう考えてしまった自分が嫌だった。

勝手に踏み込んで、勝手に想像して、勝手に動揺して。

でも、もう遅い。頭の中に、あの表紙とあのタイトルが焼きついてしまっている。


だから――気づいたら、スマホを開いて検索していた。


「……あった」


サンプルページを読んで、気づけば即購入。

タブレットにダウンロードして、ベッドに倒れ込んでいた。


本当に、なんでこんなことしてるんだろう。


画面に映るのは、ヒロインの男の娘。

周りから女の子みたいとからかわれていて、本人はそれにちょっとコンプレックスを感じている。

まるで、僕を見ているみたいだ…。


僕だって欲を言えば、拓真みたいな体形になりたかった。


ただ次第にその男の娘は幼馴染の主人公にひっそりと恋心を抱いて。

周囲にはバレてないけど、親友の男の子(主人公)だけが何かを感じ取り始めていて……。


読み進めるたび、胸がじんわり熱くなった。


(これ……思ってたより、面白い)


そしてなぜか、主人公の感情の揺れが、すごくリアルに思えた。

相手が男だと分かっていても惹かれてしまう、その戸惑い。

それに抗おうとして、でも負けてしまう弱さと誠実さ。


ページをめくる手が止まらなくなる。


(こんなの……まるで――)


「……っ」


ふと、自分の胸に手を当てていた。

鼓動が速い。

たかがラノベを読んでるだけなのに。

いや、たかがじゃないのかもしれない。


(やば、もうこんな時間)


気づけば、読み始めてから一時間以上が経っていた。

時計の針は夜12時を回っている。

もう明日は学校だ。


続きが気になる。

でも、もう続きを読むのが少し怖くなってきた。



ページの先に、何が書かれているのか。

それを読んで、自分の中の「なにか」が変わってしまうのが――少し、怖い。


けれど。


指は、次のページへと動いていた。

もう止められなかった。


あぁ、これは明日寝不足確定かな。





高村SIDE



夜。

俺は部屋の照明を少し落として、机に座っていた。

気づいたら――あのラノベを手に取っていた。


『男の娘だって恋がしたい! ~幼馴染の正体が俺のタイプすぎて困る件~』


ずっと本棚にあった。姉の本。


今までは「興味ない」で済ませてた。

というか本当に興味がなかった。

でも、今日の蒼がそれを読んでしまったと思うと……どうしても、気になってしまった。


ページを開くと、冒頭にはごく普通の高校生の主人公。

普通に運動部に所属して、普通に友達がいる。

ただ、そいつの幼馴染が、男の娘だったという展開。


男同士。だけど惹かれてしまう。

戸惑い、否定し、でもどうしようもなく惹かれていく。


……なんだこれ、普通におもしれえじゃん。


意外だった。

あの腐女子の姉の私物だったからな、もっと濃厚なガチホモなやつかと思っていた。

だけど、心理描写がちゃんとリアルで、ページをめくる手が止まれない。


『好きになるって、理屈じゃない』

そんなセリフが出てきたあたりで、心臓がズクンとした。


主人公が、自分の気持ちに気づかないふりをしながらも、

日常の中でふとした瞬間に幼馴染を目で追ってしまう描写。


たとえば、髪をかき上げる仕草。

指先の白さ。

細い首筋に視線を引っ張られてしまう感覚――


思わず本を伏せる。

いや、ただの小説だ。

この作者がただ見て経験しただけのこと、もしくはただの妄想。

そうに決まってる。


……でも、

その「目が離せなくなる感覚」に、

少しでも心当たりがあった自分が、いちばん怖かった。


もし、蒼がこの本を読んだら……。


思考がそこで止まる。

もし、あいつがこれを読んで、なにかを感じたとしたら。

俺のことを少しでも重ねたとしたら。

俺は――どうする?


いや、ありもしないことを考えるのはやめよう。


またページを開く。

手が勝手に動いていた。


時計の針が、静かに深夜一時を指していたことに気づいたのは、かなりあとだった。

机に肘をついて、いつの間にか前のめりになっていた。

読み進めるごとに、登場人物の表情が浮かぶ。


幼馴染の男の娘が見せる、ほんの少しの照れとか、笑顔とか。

なぜか、その顔が――蒼と重なって見えた。


ページをめくる指が、だんだんと慎重になる。

一行一行をなぞるように読んで、少しでも先に進むのが惜しくなる。


だってこの物語が終わったら、

俺は、なにかを認めてしまう気がするから。


けれど、物語は進む。

主人公は少しずつ、自分の気持ちをごまかせなくなっていく。


ページの最後、そこには――


「お前が男でも、関係ない。俺は、お前が好きだ」


そのセリフを読んだ瞬間、呼吸が止まった。


目の奥が熱くなった。

本を閉じようとして、それでもまだ、指はページをなぞっていた。


誰にも言えない。

言ったら、全部壊れそうで怖い。

だから俺はそれに蓋をすることに決めた。


でも、きっと今のままでも、どこかで歪みは始まってるのかもしれない。


静まり返った部屋の中で、

たった一冊のラノベが、俺の普通をじわじわと溶かしていく気がした。

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