男の娘モノのラノベを持ってるのがバレてから、幼馴染(♂)の様子がおかしい件

ろく

幼馴染(♂)に男の娘モノのラノベを持っているのがバレたかも?

一ノ瀬SIDE



僕の名前は、一ノ瀬蒼。

これは、僕が親友の高村拓真の部屋に遊びに行った、ある土曜日のことだ。


「そこらへん、テキトーに読んでていいぞー」


拓真にそう言われて、本棚の前に腰を下ろした。漫画がぎっしり詰まった中、目に留まったそれは、本棚の奥に隠すように置いてあった一冊だった。


『男の娘だって恋がしたい! ~幼馴染の正体が俺のタイプすぎて困る件~』


……表紙に描かれたピンク髪の美少女(※ただし男)を見た瞬間、何かが胸の奥で爆ぜた。


最初は、笑おうとしたんだ。

「おいおい、拓真、何読んでんだよ~」って、冗談半分にからかおうとした。


でも、言葉が喉に詰まった。

その原因は、僕が前に「好きなラノベの系統ってある?」って聞いたとき、拓真が少し黙っていたことだ。


そのライトノベルの概要を読んでみると、そこには――

男の娘の幼馴染に惹かれる主人公が、ずっと否定して、でも抗えなくて、恋に落ちていく姿が描かれていた。


なぜか、心臓が速くなっていた。

息が詰まりそうで、ページを閉じた。


なんでそんな本を隠してたんだよ、拓真。

もしかして――僕に知られたくなかったのか?

なんで僕、動揺してるんだ?


親友がこういう趣味を持ってたって、別にいいはずなのに。

でも、そのラノベの主人公みたいな感情が僕に向いていたら?

そんな想像をしてしまって、怖かった。

嬉しいわけじゃない、なのに、嫌とも言いきれない。


僕と拓真は、幼稚園からの幼馴染だ。

昔からずっと一緒だった。家族のような付き合いで、特別だと思う。


拓真は、僕よりもずっと背が高くて、がっしりした肩幅に、分厚い胸板を持っている。

体育の時間には、その体格でバスケやサッカーを軽々とこなす、ちょっとした学校の人気者だ。


一方の僕は、男子にしては華奢で、肩幅も狭く、手足も細い。

制服のシャツはどこかゆるく見えるし、髪も肩にかかるくらいまで伸ばしている。

「短くすると似合わないから」と言って、ずっとそうしている。


そんな拓真が、僕をどう見てたのか。

それを考えた瞬間、なぜか身体が熱くなった。


「どうした? なんか気になるのあった?」


振り向くと、拓真が何も知らないのんきな表情でいた。

がっしりとした体を壁にもたれかけて、ぼんやりスマホをいじっている。


「いや、別に……面白そうなやつ見つけただけ」


嘘だった。

僕は、見つけてはいけないものを見つけた気がした。


それが、地雷か、はたまた別のものか。

まだ、自分でも分からない。


今日、拓真との関係は、たぶんほんの少しだけ変わった。

そんな気がした。





高村SIDE



土曜の昼。

特に予定もなかったから、「暇なら来いよ」ってLINEしたら、当然のように一ノ瀬蒼が来た。


こいつとは、幼稚園からの腐れ縁だ。

家族と同じくらいいる時間が長い。

だからまあ、今さら何かを隠すような関係でもないはずだ。


……ただ、前に今ハマってるラノベの系統を聞かれた時、ちょっとだけ誤魔化したっけな。

さすがに、実の姉がいる手前で「姉モノのラノベが好き」なんて言えないだろ。


ちなみに誤解しないで欲しいんだが、俺が好きなのはラノベに出てくる姉であって、実の姉ではない。

これマジで大事。


「そこらへん、テキトーに読んでていいぞ」


俺はベッドに寝転んでスマホをいじりつつ、蒼に声をかける。


本棚の前にしゃがんだ蒼は、何冊か手に取ってパラパラめくってるみたいだった。

その細い指と、すっとした手首のラインが、なんかやけに印象に残った。


蒼は男にしては少し華奢で、線が細い。

肩幅も狭くて、制服のシャツもなんとなくゆるそうに見える。

そして、髪を肩あたりまで伸ばしている。


理由は知ってる。

「短くすると似合わない」って本人が昔言ってたからだ。

たしかに、坊主頭の蒼は想像できない。


だからか、文化祭や学園祭では毎年のように「女装やって」って言われてる。

最初は断ってたけど、最近は「まあいいか」って流れで普通にメイド服を着てたりする。


そのとき、不意に胸がざわついた。


(……あの本、まだそこにあったか?)


本棚の二段目、奥の方。

他のラノベの隙間に挟まってる、例のやつ。


『男の娘だって恋がしたい! ~幼馴染の正体が俺のタイプすぎて困る件~』


――誤解されそうなタイトルだが、断じて俺の趣味じゃない。

あれは姉のものだ。


うちの姉は所謂腐女子というやつで、ありとあらゆるBL関連の本やグッズを買いあさっている。

そして、部屋に置き場がないからという理由で、それらが俺の部屋に侵食しつつあるのだ。


「これはちょっと本棚に入れないから」って、俺の本棚に雑に突っ込んでいったやつだ。


読んだこともないし、捨てることもできないので、そのままになってた。

というか、捨てたら大変なことになる。


それを蒼が手に取ってたりしないよな――?


俺は横目でちらっと蒼を盗み見た。

けど、表情に特別な変化はなかった。

相変わらず無言でページをめくっているだけに見える。


(……気づいてねぇよな?)


蒼はそういうジャンルのラノベ、あまり読んでないはずだし。

……って、俺が焦ってる時点でなんかやましいみたいじゃねぇか。


いや、ちげえし。

本気でちげえからな。


ただ――


万が一、蒼に誤解されてたら。

蒼のことをそういう目で見ていると勘違いされたら。。

……いや、それはさすがに考えすぎだ。

とりあえず、蒼井が帰った後にそのラノベは片付けとかないとな。


「どうした? なんか気になるのあった?」


ごく自然を装って体を起こし、俺は声をかけた。

蒼はほんの一瞬だけ動きを止めて、ゆっくりこちらを振り向いた。


「いや、別に。面白そうなやつ見つけただけ」


そう言って、薄く笑う蒼。

その表情には、特に違和感はなかった。


(……やっぱ、読んでねえな。セーフ)


俺は胸をなで下ろし、スマホの画面に意識を戻した。

それ以上、蒼が何を読んでいたのかを気にすることもなかった。


うん、とりあえず一件落着だ。

俺は、このとき確かにそう思ってた。


だけど、もし――

もし蒼があのタイトルをしっかり読んでいて、

そして何かを感じ取っていたのだとしたら。


俺のその安堵は、ものすごく鈍感な勘違いだったのかもしれない。

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