第13話 モテ男の遊び方
駅ナカにあるファストフード店のテーブルに、ハンバーガーとポテトとジュース、三種類の小さなおもちゃが置かれていた。
現在、この店では『ハピネステディ』フェアが開かれている。
キッズセットを注文すると、おもちゃが必ず一個もらえる企画だ。
十種類あるがブラインドなので中身は選べない。
今回引き当てたのは、小さなテディ人形と滑り台、テディをかたどったじょうろに、愛らしい絵柄のパズル。
対象年齢は、幼児から小学生の半ばくらいまでである。
颯太は、それらを少し恥ずかしそうに見つめる。
「……瑠香ちゃん、こういうの好きなの? 大人なのに」
「ハピネステディ好きに大人も子どももないよ。でも、キッズセットは一人では買いづらいから、颯太君が一緒に来てくれて助かった。ありがとう」
「いいけど……。その人は?」
颯太がうろんな目を向ける私の隣には、仕事帰りのスーツ姿の彰人が座っていた。
なぜ彰人がここにいるかというと、一時間ほど前にさかのぼる。
なりゆきで麻理恵の息子・颯太を保護した私は、彼を夕飯に誘った。
「赤ちゃんじゃないんだから一人で食べれるよ」と丁寧に断られたが、ハピネステディフェアのおもちゃを集めているから力になってと
(麻理恵に引き渡すまで颯太君を引き留めておける気がしなくて、広田さんに連絡したんだよね)
折り返し電話をくれた彰人に事情を話すと、タクシーで駆けつけてくれた。
濡れてじめっとした姿を見られてしまったけれど、今日ばかりは仕方がない。
「俺は広田彰人。君のお母さんと同じプリュミエールで働いています。部署は営業というところで、『きょうりゅうバンビーノ』がもっとたくさんの人に知ってもらえるように走り回る仕事だ。よろしく、颯太君」
爽やかな笑顔で自己紹介された颯太は、小さくうなずいた。
「バーベキューであなたの顔だけは見た。変な髪のおじさんと一緒だった」
「あれは私の上司の鶴下部長だよ。カツラだからちょっと違和感あるよね」
小学生から見ても部長の生え際はおかしいようだ。
おてふきで手を拭いて、丸い包み紙を開く。
三人ともキッズセットなので、ハンバーグとチーズに少量のピクルスをのせ、ケチャップをかけたシンプルなハンバーガーだ。
私はクロのおいしい手料理も好きだけど、ジャンクな物もそれなりに好き。
大きな口を開けてかぶりつく。味付けはケチャップのみで食べやすい。
「俺、こういうの久々に食べたよ。いつも付き合いで定食か牛丼なんだよね」
彰人もなかなかに満足そうだ。
颯太は慣れない大人との食事でぎこちなかったが、彰人が『テディスペシャル』と称したストロベリーソースを盛ったシェイクに口をつけて「あまっ」と悲鳴を上げる頃には、力んだ肩が落ちていた。
「二人とも、いつもこの時間に帰るの?」
「俺は、営業先に夕食やお酒をごちそうになって、帰るのは遅くなることが多いかな。真城さんは?」
「始末書を書き上げる日以外は定時で帰ってます。私の部署は、残業してると早く帰れって言われるんだよ。ひどいよね」
笑い半分でぐちを言う。
颯太は、ポテトを口に入れたまま俯いてしまった。
「残業……そうか。だから、駅で待ってても会えないんだ……」
シェイク以外は食べ終えた彰人が、颯太から顔を背けるようにして耳打ちしてくる。
「颯太君、かなりさみしいみたいだね。進藤さんはまだ来ないの?」
「連絡は入れてます。気づいたら駆けつけてくれると思うんですけど……」
小声で応じる間も、颯太はもそもそとハンバーガーを噛んでいる。
「……来るまで時間がかかるかもしれません。麻理恵、集中したい時はプライベートと仕事用、両方のスマホの電源を落とすんです。通知が気になるからって」
ラララビーランドとのコラボのため、大量のイラストを描くことになった麻理恵。
まさか、夫に託してある息子がランドセルを背負ったまま、会社の最寄り駅で一人うろついているとは思っていないはずだ。
父親は何をしているんだと腹が立ったものの、今は颯太を麻理恵に引き渡すまで、事件や事故から守るのが私の役目である。
(小学生を退屈させないところってどこだろう?)
カラオケか、映画館か、それとも公園か。
近頃の子たちはどこで遊ぶのだ。
母親ではないからよく知らない。
調べようとスマホに手をかけたら、シェイクをやっと飲み干した彰人が提案した。
「食べ終わったら、すぐそこのゲーセンに行かない?」
ぴくん、と颯太のこめかみが動いた。
影が差していた瞳に、キラキラした輝きが浮かぶ。
「お兄さん、ゲーム好き?」
「こう見えて格ゲーはプロ級だよ、俺。大学時代は毎週のように通ってたし、クレーンゲームも狙ったものは必ず取る自信がある。この腕でね」
肘を曲げて、ふくらんだ二の腕の筋肉をポンと叩く彰人。
颯太は、ゲームセンターに興味がわいたのか、大急ぎでポテトを平らげ、お行儀よく手をあわせた。
「ごちそうさまでした」
ゲームセンターは、ファストフード店の右隣だ。
ぬいぐるみやプラモデルが景品になったクレーンゲームが大量にあり、格闘技や音楽を体感するゲームの奥に、昔ながらのメダルゲームの打ち台が並んでいた。
彰人は手慣れた様子で五千円札を両替機にかけ、大量の百円玉に替えた。
私と颯太は目を丸くする。
「そんなに?」
「軍資金は多ければ多いほどいいんだよ。はい、これ颯太君の分ね」
ハンカチの端を結んで簡単な小銭入れを作り、二十枚の百円玉を颯太に渡す。
彼はずっしりした重みに、思わずはにかんだ。
「ありがとう。カードしか持ってないから、これまでこういう場所には入れなかったんだ」
「好きに使っていいけど計画的にね」
そう言い含めた彰人は、振り向いて私にも手を伸ばした。
「これは真城さんの分」
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