第7話 落雷と恋の予感

「コラボレーションとはなんと素晴らしい企画だ!」


 会議から戻ってきた鶴下部長は、上機嫌でスキップしている。

 着地するたびに、頭にのせたカツラがふわっと浮くので、見ているこちらはハラハラしてしまう。


 スピーカー三銃士の一人が、キーボードを叩く手を止めて質問した。


「部長、何かあるんですか?」

「我が社の『きょうりゅうバンビーノ』と多摩にあるテーマパークが大々的にコラボすることになったんだ!」


 プリュミエールのキャラクターは、よく他企業の製品と共同でグッズ展開する。


 歌舞伎場とのコラボでは赤い隈取を施したぬいぐるみを発売したし、野球チームの場合は始球式にキャラクターの着ぐるみを登場させ、場内で売るビールのカップをプリュミエール仕様にするなど、さまざまな試みが行われてきた。


 今回は、大人から子どもまで楽しめるテーマパークに『きょうりゅうバンビーノ』が現れたと称して、乗り物や販売店、館内放送まですべてをジャックするという。


「期間は夏休み時期の二か月だ。全国の店舗でもテーマパークの入場チケットが当たる抽選券を配るらしい。もちろん、購入金額によって枚数は変わる。ということは、在庫がものすごくハケるというわけだっ!」


 なるほど、機嫌も良くなるわけだ。


 遠くで雷がゴロゴロと鳴った。ちらりと時計を見ると午後三時十分前。

 ふと、クロはどうしているだろうか気になった。


(猫用のおやつは置いてきたけど、食べてくれてるかな)


 先日、突然話しかけてきた黒猫は、祖母である真城ルナの使い魔だという。

 人の言葉を話し、人間の姿に変身できる(全裸だが)となれば、さすがの私も信じざるを得ない。


 クロは我が家と呼ぶには狭すぎるワンルームに棲みついて、寝食をともにする仲になった。

 初めての二人暮らしに戸惑ったのも初日だけで、今ではいい話し相手だ。


 とはいえ、祖母のように魔女になれという誘いには頷けない。


 現代日本においては、会社員こそが安定していて最強なのだ。

 なんとか社会の端っこに食らいついている私が、祖母のように自然に自由に生きている姿は思い描けない。


 そもそも、魔女は職業なのだろうか。

 個人事業主とか?


(おばあちゃんは占いみたいなこともしてたけど、それで食べていける状態ではなかったようだしね)


 早くに亡くなった祖父の遺族年金と畑からとれる野菜、庭で放し飼いにしていた鶏が生む卵、周囲の人が持ってきてくれるウインナーやハム、果物が祖母を支えていた。


 彼女のように人に愛され、頼られるのが魔女なら、やはり私には難しい……。


「さっそくだけど、各店舗に在庫数の補充点検は入念に行うようにメールしておいてくれたまえ。聞いているかね、真城君」


「はっ、はい!」


 いきなり話しかけられて、エンターキーを押してしまった。

 何の操作をしていたっけ……とおそるおそる画面を確認したら、印刷しようとしていた発注書は消えて、代わりにブルースクリーンになっていた。


「え、あれ、なんで!?」


 焦ってキーを叩いても反応しない。矢印のポインターすら出てこない。

 やがてピーヒャラヒャラと愉快な音までし始めて、部屋の隅にあるコピー機が真っ白な紙を吐き出した。紙は止まらない。無限に出てくる。


 それを見て部長の機嫌は急降下。顔を真っ赤にして怒鳴る。


「またか、真城君! 君が触ると、どうしてこう不具合が起きるんだ!!」

「すみませんっ!」


 平謝りする一方で、私のせいじゃないという不満もまた膨れ上がる。


(どうしていつも私はこんな目にあうの?)


 スピーカー三銃士の誰かがヘマをしても厳重注意だけで済む。

 でも私は、怒鳴られて叱られて、A4用紙三枚分のレポートを提出しなければならない。


 理不尽だ。

 これまでの仕打ちを思い出すと、お腹の底がチリチリと焦げた。


 怒髪天をつく勢いで顔を真っ赤にする部長は、「あとで始末書」と何も直っていないのに次の指示を出す。


 言われなくてもと思いつつ、いまだに暴走するコピー機を止めようと駆け寄ると、白い紙の中に黒猫の絵柄がついたものがあった。


 クロに似ていたので、思わず手に取る。

 すると、あぶり出しみたいな焦げた文字が次々に浮かび上がった。



  『魔女は電子機器を狂わせる』

  『嵐や雷と相性がよい』

  『瑠香よ、願うがいい』

  『自分を傷つける者に、天罰を』



「てん、ばつを……」


 口にした途端、窓の向こうに稲妻が走った。

 続けてドドドとビルが倒れるような轟音が鳴り、コンセント口から床へと電流がほとばしって、照明もパソコンもすべてが一気に暗くなった。


 コピー機も止まった。

 最後の一枚には、クロそっくりの黒猫がにんまり笑った写真が印刷されていた。


「なっ、なんで?」


 三銃士が「きゃああ」と遅れた悲鳴を上げた。


「部長のカツラがっ!」


 はっと視線を上げると、静電気を帯びたカツラが部長の頭を離れ、天井から吊り下げられた『ふわふわプテラノドン』に引っ付いていた。


 電流に驚いてひっくり返っていた部長は、ひたひたと頭皮を触った後、急に青くなって叫びながら部屋を出て行った。


 すれ違いに彰人が入ってきて、廊下を指さす。


「鶴下部長が泣きながら走って行ったけど……」


 三銃士は残念そうに首を振った。もう手遅れだ、という意味で。


「……そっか。先ほどの落雷でビル全体が停電してるみたいです。コンセント伝いに電流が流れたのを見たんですが、皆さん怪我はありませんか?」


「大丈夫ですぅ」

「ちょっとびっくりしちゃった」

「今日はもう仕事になんなぁい」


 くねくね動きながら奇妙な声を出す三銃士に「元気そうだね」と頷いた彰人は、窓際に立ち尽くしていた私に近寄ってくる。


「真城さん、どうかした?」


 はっとして、メッセージの入ったコピー用紙をぐしゃりと握る。


「だ、大丈夫です。驚いたけど怪我とかはぜんぜん!」

「そう?」


 床を見下ろした彰人は、笑う黒猫の写真を見て「気味が悪いな」と肩をすくめ、内ポケットから取り出した名刺を一枚、私の手に滑り込ませながら耳打ちする。


「これ、俺のLIME《ライム》。部長からパワハラ受けてるよね。辛かったら相談して」


 端的に告げて彰人は出て行った。

 ぼんやり見送ってしまったけれど、私の手には彼の連絡先があって。


(ど、どうしよう)


 失敗とか天罰とか考える頭は、すっかり塗り替えられていたのだった。

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