8月26日

「う〜ん…………。やっぱ、じっとしてらんねぇや」

 ごろごろ転がっていたベッドから起き上がり、階段を降りる。風鈴が静かに揺れる。

「渚、どこ行くの?」

「どっか〜」

「あまり暗くならないうちに帰ってきてね」

「ほ〜い」

 母さんは台所に向き直る。今日もどうせ束沙は来ないだろ〜し、家に居てもつまんね〜しな。

 外に出た瞬間、空気がまとわりつくように感じる。もうお盆も過ぎたのに、なんで今日は暑いんだか……あ〜、ほんとイライラしてくる。昨日は暗すぎて束沙に文句言いに行けなかったし、というか母さんに止められたし、冷静になれって言われてもな……。まだ冷静じゃねぇから、とりあえず頭冷やさねぇと。

 そういや、なんでこんなイラついてんだろ。別に束沙がもう関わんなくていいって言ってんだから、そういうもんかで終わりにしちゃいいのに。いやでも、友だちに急に関わらなくていいって言われたらムカつく……わけでもないな。前あったけど、事情あるんだなって思ったし。今回は理由知ってんのになんでなんだろ……。

「あ、おばあちゃん。今日は体調大丈夫?」

「おや、こんにちは。大丈夫だよ」

「それなら良かった」

 おばあちゃんが手招きしてくる。一緒に中に入ると、イスに座るよう言われる。おばあちゃんも向かいに座る。

「何か、悩み事かい?」

「え、なんでわかるの?」

「なんとなくだよ」

 おばあちゃんは微笑む。話聞いてもらってもいいかな……?

「……急にもう関わらなくていいって言われて、どうすればいいかわかんないんだ」

「その相手は、大切な人なんだね」

「うん。でも、互いに向けてる感情が違うかも知れなくて」

「……ちゃんと話しあったかい?」

「ううん。でも、俺、なんかイラついて、上手く話しあえる気がしないんだよな」

「なら、どんなことを言いたいか、書き出してみたらいいよ」

「……そっか。やってみるわ、ありがと!」

 ついでにアイス買お〜っと。

 一人でアイスを食べるのが久しぶりな気がする。最近は何をするにも束沙と大体一緒だったな〜。束沙……に、イラつくのはやっぱ、なんか理由があるよな、これまでここまでムカついたことなかったし。ホントなんでなんだろ……。

 花火見たとこに来ちゃった……誰も居ないし座っちゃお。空を見ても花火は見えないのに、つい眺める。きれいだったな〜……。束沙の髪って、なんであんなに光反射するんだろ。色素薄いとは言ってたけど、あんだけキラキラしてんのもなかなかないよな。束沙の目はときどき光を吸収してんのかってくらい黒いけど。…………黒いんよな。闇が広がってんだよな。何かを求めるようなときに垣間見えるあの目…………あれ、束沙が言ってた真っ黒って、そういうことなのか? だとしたら……。

「……好きだなぁ」

 好き? これは、どういう意味の好きなんだろ? 束沙の好きとはどう違うんだろ……というか、なんで束沙は幸せになる道を勝手に塞ごうとするんだろ、俺が束沙のこと嫌いになるって思い込んで。いやまぁ俺が孤立するのを望んだのは歪んでるっつーかあんま好きじゃねぇけど、自分の幸せを求めんのは普通だろ。結局俺のためにホントのこと話してたし、嫌いになるなんて……。

「あ、そっか。不幸になりにいくのが気に入らねぇんだ」

「なんで独り言を言ってるの?」

「うぉ! 智樹……なんでこんなとこに?」

「ここらへんは塾の帰り道なので」

「あ、そうなんだ! じゃあ、塾帰り?」

「はい。で、日も暮れかけているのに、渚はなぜこんなところに一人でいるの?」

「え、あっ、マジじゃん! 気づかなかったわ。俺帰んなきゃ、じゃな!」

「あ、また明後日」

 やばいやばい、母さんに怒られる……!

 おばあちゃんのアドバイスも取り入れて、言いたいことまとめとこ〜っと。そして、明日こそは束沙と話そう。

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