8月27日

「よっ、おかえり、束沙」

「……なんでいるの?」

 玄関にもたれて座っていた渚は立ち上がり、伸びをする。

「ん〜、だって連絡してもスルーすんじゃん、ひでぇよ」

 束沙は視線を逸らして玄関を開ける。

「入ってい〜?」

「ダメ」

「え〜……」

 入って荷物を置き、すぐに外に戻る。

「渚の家に行ってもいい?」

「おうよ」

 2人は無言のまま渚の家に行く。

「ただいま〜、つっても今誰もいねぇんだけど」

 自然と渚の部屋に向かい、ローテーブルを挟んで向かい合う。

「……束沙、俺」

「もう、関わるのやめようって、言ったよね」

「俺は、束沙と、話したいんだけど?」

 渚は顔を少ししかめて言う。

「というよりは、文句を言いたい」

「何か不満に思うようなことがあったの?」

 首を傾げる束沙に、渚はため息を吐く。

「不満に思うようなこと? そりゃあるよ、ありまくりだ!」

 力任せにテーブルを叩く。

「なんでおまえはいっつもおまえ自身に関して悲観的に考えてそれが真実かのように思い込んで自分の幸せを犠牲にしようとすんだよ!?」

「いや、だって、実際」

「実際なんだよ、俺は真っ黒な束沙が嫌だなんて、今まで一言も言ったことねぇぞ」

「それはそうだけど、誰だって不幸にさせられたら嫌だろう。それを、僕は、やろうと」

「でもそうはなってない。あのまま束沙が来なくても俺は、まぁ隠し事はあれどフツーにここで過ごしてた。じゃあ現実になんなくて良かった、でいいじゃねぇか」

「よくないっ! よくないんだよ……。そんなの、今回はみんな不幸にならずに済んだだけで、これからも僕が僕の思ったままに動いちゃったら……」

「未来の不幸を避けるために、今手に入る幸福を逃すのかよ」

 渚は束沙の隣に移動する。

「そんなの俺、嫌だからな。自分だけ不幸になりに行くのも、それを見過ごすのも嫌だからな」

 束沙は俯いたまま黙っている。

「なぁ、束沙に言ってなかったことがあるんだけど、……束沙の髪さ、たまにめっちゃ光を反射して、キラキラしてんだよな」

「え」

 顔を上げると、斜め上を見ている渚の横顔がある。

「いろんなところ見てて、細かいことに気づいて、たくさん助けてくれるよな」

「それは、相手が渚だからで……」

「俺以外にもしてるだろ。……あと、一番言いたいことはさ」

 渚が束沙に微笑む。

「束沙がたまに見せる闇が、めっちゃきれいだってこと」

 束沙は目を丸くする。

「吸い込まれそうで、ずっと見てたいくらいにきれいって、好きだなぁって、俺は、そう思うんだ。だから、離れんのは寂しいんよ……」

「……それって、……」

「ま、俺の好きが束沙の好きとつり合うかはわかんねぇけど」

 渚は軽く頭の後ろをかく。

「あ〜、だから、その〜……」

 深呼吸をしてから束沙に向き直る。

「……付き合うってのが、よくわかんねぇんだけど、束沙が俺で良ければ、付き合ってみたり、しないかな〜、なんて……」

 徐々に逸れていく視線を、束沙は手で戻す。

「束沙?」

「ねぇ、渚はさ、本当に、僕なんかでいいの?」

「俺が言ってるんだけど?」

「僕の本性がねじ曲がってて、渚にイジワルするかもしれなくても?」

「それは、嫌だけど、束沙は俺のこと大切なんだろ?」

「もちろん。だから距離を」

「なら大丈夫だろ」

 ニッと笑う渚につられて束沙も微笑む。

「もっと他人を疑ったほうがいいって、言ったのに」

「束沙なら大丈夫だろ?」

「…………嫌なときは言ってね」

 首を傾げる渚に近づき、二人は口を重ねる。渚は一瞬目を丸くし、すぐに閉じる。少しして離した束沙は、幸せそうに微笑む。

「……幸せそうだな」

「渚は顔真っ赤だけどね」

「それはっ、急でびっくりしただけだ!」

「嫌だった?」

「……別に嫌じゃねぇよ。恥ずいけど」

 渚は少しの間黙る。

「渚?」

「……今のキスは、束沙が俺とやりたいことに入ってんだよな」

 束沙は頷く。

「でも、無理してやんなくていいよ」

「いや、嫌じゃねぇし、つーか、どっちかというと、なんか……変な感じ?」

「変……?」

「う〜ん、……もう1回やりたい。そしたらわかるかも」

「えっ、うん、わかった」

 二人は数秒見つめ合い、束沙が視線を逸らす。

「どした?」

「いや、なんか、やりづらい……」

「確かに……俺が目つぶっとくか」

「そうしてほしいかも」

 目を閉じた渚に、束沙が顔を近づける。風鈴が微かに鳴る。

「渚っ、束沙くん来てるのっ!? って、2人ともどうしたの?」

 束沙はベッドに顔を埋め、渚は顔を覆って、震える声で答える。

「なっ、なんでもないよ、うん」

「仲直りしたなら良かったけど……ごめんなさいね、本当。私が口を挟んだせいで……」

「母さん、いいから、後ででいいから、とりあえず戻ってくんない?」

「わかったわ、あっ、お菓子買ってくるわね!」

「うん、いってらっしゃーい」

 再び風鈴が鳴り、渚は吹き出す。

「まっ、マジでやばいわ! 面白すぎる! わらっ、我慢すんのキッツ! 束沙、息、息できてんの、それ?」

 束沙は顔を上げて息を吐き出す。

「息止めてた……はぁ、びっくりした」

 一頻り笑った後、渚がつぶやく。

「なんでこんな背徳感あるんだろ〜な」

「恥ずかしいからじゃないかな」

「そっか〜……で、ど〜する?」

 渚は束沙に笑いかける。

「…………とりあえず、お茶飲んでもいい?」

「あ、飲み物用意すんの忘れてた! 取ってくるわ」

「ありがとう」

 部屋を出た渚を見送った後、束沙は視線を外に向ける。青い空に入道雲が成長していく。

「……一生、忘れそうにないな」

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