8月16日
渚がオレンジジュースを一口飲む。
「……なぁ、バイトってどんな感じ?」
束沙は緑茶を軽く引き寄せる。
「バイト? 僕の?」
「そう、束沙の」
緑茶を飲んでから窓の方を眺める。
「結構体力要るかな、本屋だし」
「あ〜、めっちゃ運ぶのか」
「うん、あとレジ打ちとか、どのジャンルがどの棚にあるのかを覚えるとか」
渚は軽く顔をしかめる。
「じゃあ俺にはムリだな、覚えられるかわからねぇし……」
「渚、バイトしたいの?」
束沙が渚の方を向くと、渚は一度頷いてドアの向こう側を眺める。
「昨日、父さんが事故に遭っちゃったじゃんか。それで俺、思ったんだよ……今は2人とも働いてくれてるから俺はこんなのんびりできてっけど、いつこの幸せは崩れるかわかんねぇ。いつかわかんねぇってことはすぐに来る可能性もあんだよな……って」
そして束沙に笑いかける。
「だから俺もバイトしようかなってさ」
「そうなんだ」
束沙は少し考えてから言う。
「僕に訊くのもいいけど、渚のご両親にも訊いてみたらいいんじゃない? あと」
「そっか!」
渚は立ち上がる。
「2人にも聞きゃよかったんだ! ちょっと聞いてくる!」
「あ……」
束沙が引き止める前に渚は部屋を出て風鈴を鳴らして行く。束沙は少しの間固まっていたが、渚の後を追っていく。
「母さん! ちょっと聞いてい〜?」
「どうしたの? そんな勢いよく降りてきて」
テレビの音量を下げて母親が渚を見上げる。
「母さんの働いてるとこのこと教えてよ」
束沙が渚の隣に来て軽く頭を下げ、母親も会釈を返す。2人も座り、渚は手を合わせる。
「母さん、お願い!」
「そこまですることではないけど」
母親は軽く微笑みながら言う。
「職場だと主に掃除、在庫管理、品出し、レジ打ち、あとお客様の対応ね。店は狭いけど棚は多いから、何がどこにあるのか尋ねてくる人もいるから」
渚は口を軽く尖らせる。
「俺にはムリそうなんだよな……」
「アルバイトしたいの?」
「うん」
母親は少し考えた後に言う。
「じゃあ、お父さんに話を聞くといいかもね。昔いろんなことしてたらしいから」
「そうなんだ、ありがと!」
「あっ……」
母親が続ける前に渚はその場を去り、再び風鈴を鳴らす。残された2人は目を合わせる。
「人の話は最後まで聞くように言っておかないといけないかしら……」
「そうかもしれませんね」
渚はドアをノックしてから開ける。
「父さん、今いい?」
「お、どうした?」
父親のそばまで移動して座る。
「バイトしてみたいんだけど、どんなのがあるかわからんくてさ、教えくんない?」
父親は笑って腕を組む。
「そうだな……飲食店とか服屋とか、塾講師は学歴の制限があるとこもあるからな……最初は、単発がいいんじゃないか?」
「単発って、1日だけってこと?」
「大体は1日だと思うぞ。まぁ俺がバイトしてたのは十年以上前だからいろいろ変わってるだろうな」
「そっか……ありがと!」
渚は立ち上がりドアに手をかける。
「あ、そうそう、バイトとかの情報はそういう冊子が置いてあったり、今ならネット上に書かれてたりすっから、そういうのも見たほうがいいぞ」
「そ〜する〜」
父親は渚を笑顔で見送る。
「あ、束沙」
渚が自室の部屋に入ると、緑茶を飲み終わった束沙が微笑みかける。
「おかえり、どうだった?」
「いろいろ変わってるだろうから自分で探してみてってさ」
渚はオレンジジュースを飲む。
「……ぬるくなってる」
「時間経っちゃったからね」
束沙が渚を見つめていると、渚は首を傾げる。
「いや、バイトしたいんだよね」
「おう」
「学校に許可取らないといけないんだけどさ」
「……え、そうなん?」
束沙は一度頷く。
「夏休み中だけど、学校に行って書類を取ってこないと申請できないんだよね」
「え〜、めんどくさ……」
渚は少し唸る。
「……うん、とりあえず夏休み中はやめよう!」
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