8月15日
「野菜を使ったレシピ、教えてくれてありがとう」
玄関先で束沙が言う。
「どういたしまして〜。今日教えたのは結構簡単に作れるやつだとは思うぜ」
渚が笑いかけ、束沙は頷く。
「本当にありがとう、じゃあそろそろ」
「渚っ!」
母親がケータイを片手に駆け寄る。その顔は軽く青ざめている。
「どした?」
「お父さんが、事故に遭ったって」
「「え……」」
「私は病院に行ってくるから、留守番頼んでいいかしら」
「え、あ、ああ……」
呆けたように頷く渚を見て、束沙は再度靴を脱ぐ。
「僕も残っていていいですか」
「……ありがとう、お願いするわ」
母親は最低限の荷物をまとめて靴を履く。
「あの」
振り返った母親に束沙は言う。
「焦るかもしれませんが、細心の注意を払ってください……余計なお世話だとは思いますが」
母親は微笑んで一つ頷き、家を出る。束沙がリビングに戻ると、渚は椅子に腰掛けている。
「父さんに連絡つかないって言ってたけど、……きっとケータイの充電がなくなってたんだよな」
渚が震えながら言う。
「だから連絡取れないだけで」
「……なぁ」
「会社からの連絡だって言ってたけど、会社の近くで起きたからきただけだろうしな」
「ちょっ……」
「きっとそんな大したことじゃなくて、事故っつっても少しぶつかっただけだよな」
「渚」
「……どした?」
呼ばれた渚は顔を上げる。口角は上がっているが、瞳は揺れ動き汗が流れていく。束沙は一瞬言葉に詰まった後、隣に座る。
「隠さなくていいよ」
「何いってんの〜? 何も隠してないよ?」
震える声で言い返す渚の肩を掴む。
「……前、言ってくれたよね。僕のことをもっと知りたいって」
そして微笑みかける。
「僕も、渚のこともっと知りたいんだ。だから」
束沙は渚の顔を軽く包んで言う。
「辛いなら辛い、苦しいなら苦しい、嫌なら嫌、……そう、はっきり言って。……僕もどうしたらいいのか、わからなくなっちゃうからさ」
「……っ」
渚は笑みを崩し、涙が頬を流れていく。
「……父さんっ、おっきな事故に、もし、巻き込まれてたらっ、どうしよっ、怖い、嫌だよっ、父さん、いなくならないでっ、……」
束沙に倒れ込むように声をあげる。束沙は渚が落ち着くまで頭を優しく撫でていた。
「……、束沙、ありがと」
「もう大丈夫?」
「ああ。……よし」
袖で目の辺りを拭いた後、渚は立ち上がる。
「夕飯作るぞ!」
「……じゃあ僕はそろそろ帰ろうかな」
「え、食べてかないの?」
渚は目元が赤くなった顔を束沙に向ける。
「……」
「束沙?」
「……いや、うん、渚からもらった野菜があるし」
「まぁ、それもそうだな」
渚は微笑む。
「本当にありがと。一人だったらどうしてたんだか……マジで助かったわ」
「いいよ、気にしないで。僕は渚には笑っていてほしいだけだから」
「じゃあ、俺と同じだな」
「えっ……と?」
渚はニッと笑って言う。
「俺も束沙に笑っててほしいんだよ」
束沙は一瞬目を丸くし、微笑み返した。
夕飯を食べ終わった束沙は感嘆混じりにつぶやく。
「渚のレシピ、おいしいな。また作ろうかな」
閉めてあるカーテンの奥を見るように目を細める。
「渚、大丈夫かな……」
机に置いていたケータイが短い音を鳴らす。束沙が画面を開くと渚からのメッセージが更新されていく。
「今日はマジでありがと!」
「父さんなんだけど」
「さっき母さんと帰ってきた」
「片脚が動きづらいだけで」
「骨折とかもしてないらしい」
「心配かけてごめんな!」
「ガチで助かった」
「今度礼するわ」
束沙は微笑み、入力し始める。
「良かったね。僕は特に何もしていないから、気にしないで。礼とかも」
「……もうもらってるから、なんて言えない」
束沙はため息を吐き、最後に「本当にいらないから、大丈夫。」と付け加えて送信を押す。
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