8月14日
「なんの説明もないまま急に『束沙の冷蔵庫空けといて!』はないよ……」
角ばったバッグを自転車に括り付けている渚に、束沙がため息混じりで言う。渚は自転車に跨り束沙を振り返る。
「ごめんごめん、でも急に『野菜ほしい?』って聞くのもおかしいだろ?」
「それもそうだけどさ」
2人は走り出す。
「で、空けといてくれた?」
「まぁ今は何も入ってないけど」
「ありがと! ……そういや2日間何してた?」
「久しぶりに大掃除。渚はタイミングがいいね」
「お〜、おつかれ、でも束沙ん家はいつもキレーじゃね?」
「見えにくいけどホコリは溜まってるんだよ」
「見えなければ無いのと同じ!」
「なわけない……渚は?」
「俺はね……」
他愛もない会話をしながら自転車を漕いでいく。
「おじゃましま〜す」
「僕ら以外誰も居ないけどね」
台所に直行してバッグを置く。
「あ〜、重かった」
「そんなに入ってんの?」
束沙は軽く手を洗い中身を見る。
「わぁ、ミニトマト」
「それと、きゅうり、じゃがいも、なす、えんどう豆……だっけな、入ってんの」
「こんなにもらっていいの?」
「おう、というかもらってくれ。まだまだ家にあるんだ」
「そうなんだ。ありがとう」
片付けた後、束沙は畳まれていた机の脚を広げる。渚が部屋を見渡してつぶやく。
「相変わらずなんもねぇな」
「必要最低限のものしか買ってないからね」
2人は向かい合って座る。
「あの野菜はどこから?」
「じいちゃんが作ったやつなんだよ。めっちゃおいしんだけど毎回量多すぎてさ〜」
「……僕、少食なんだけど、食べ切れるかな」
「あ、じゃあ」
渚はニッと笑う。
「今、少し消費しちゃお〜ぜ!」
さっさと台所に向かう渚の後を束沙は追う。
「じゃがいも使うぞ〜」
「僕も手伝うよ」
「ありがと、じゃあ……」
渚が指示していき、2人は台所に並び立つ。
数十分後、多めの油で焼かれたじゃがいものスライスが皿の上に乗っている。机を挟んで向かい合った後、それぞれ1枚手に取り口に運ぶ。
「……ん〜まぁ及第点か?」
「とてもおいしいよ」
「ならいいんだ」
すぐに皿の上は空になり、渚は床に寝転がる。
「あ〜、ねむ……」
「……帰ってから寝たら?」
束沙は皿をシンクに置いてから渚の横に座る。
「今、眠いんだよ」
そう言って欠伸をする。束沙は目を閉じかけている渚の顔を少しの間見つめ、手を伸ばす。顔の真上で一瞬止まった後、渚の額をはじく。
「いてっ! って!」
飛び起きた勢いで机にぶつけた膝を抱え、涙目で束沙を見る。束沙は目を丸くし、そして笑い出す。
「ごめっ、ごめん、そこまでなるとは、思わなかったっ」
「そんな笑うなよ……」
一頻り笑った後、束沙は渚に微笑む。
「あまりに無防備だったから。これから気をつけたほうがいいよ」
「え〜、でも、束沙はなんもしないだろ? ……今デコピンされたけど」
額を抑えて軽く拗ねたように渚は答える。
「……あまり他人を信用しすぎないほうがいいよ、僕も含めてね」
渚が首を傾げてこちらを見る。純粋すぎて心配になる。だけど渚にはこのままでいてほしい。このままでいてほしいけれど、僕だけを見ていてほしい。僕が居ないと生きていけないくらいに依存してほしい。……ダメだな、こんなこと考えていたら。
「……目ぇ覚めたし、そろそろ帰るか」
渚は立ち上がり、バッグを持つ。
「かるっ!」
「中身、保冷剤だけだもんね」
渚が靴を履き、束沙はその後ろ姿を眺める。
「いつもと立ち位置が逆だね」
「おっ、確かに」
渚はドアノブに手をかけ、思い出したように振り返ってニッと笑う。
「やっぱ束沙といると楽しいわ!」
束沙は目を少し見開いた後、微笑む。
「僕も、渚といるときが一番楽しいよ」
笑顔のまま「じゃあな!」と渚が出ていき、残った束沙は頬を少し赤らめてつぶやく。
「不意打ちは、ずるいよ……」
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