8月11日

「海だ〜!」

 そう叫び走り出す渚を束沙は目で追いかける。

「束沙くんも、先に行ってていいよ」

「いえ、手伝います」

 少しして戻って来た渚も手伝い始め、砂浜の一部を占拠する。渚が束沙を引っ張って海へ入る。

「冷たい……」

「気持ちいいよな!……あ」

 渚は足元の貝殻を拾い上げる。

「母さんが好きそうだな〜」

「きれいだね」

「ちょっと見せてくるわ」

 走り去っていく渚を見送った後、束沙は海に視線を戻す。空を映した水面の上を白い線が走っていく。

「……僕には、似ても似つかないなぁ」

 少しして渚が束沙の隣に戻って来る。

「なあ……」

 呆けたような顔で見つめる渚に、束沙は首を傾げる。渚は軽く首を振って笑う。

「父さんを砂浜に埋めようぜ」

「……どういうこと?」

「ま、とりあえず行こっ」

 渚は束沙の肩に腕を回して戻って行った。

「……はぁ、腹減った〜」

 渚は頭の後ろで手を組んで言う。隣で一緒に歩いている束沙が尋ねる。

「渚は海の家の場所わかるの?」

「ん〜ん、けど、……あそこじゃね?」

 渚が指差した方には人の列ができていて、2人もそれに加わる。

「結構時間かかるか〜?」

 十数分後、店の入口付近に来た頃、店員が言う。

「テイクアウトのお客様はできるだけ一人で入ってくださ〜い」

「……じゃあ、僕はあそこで待ってるよ」

 渚が束沙を見ると、束沙は店のウッドデッキの下辺りを指差して言う。

「わかった。倒れないようにな」

「倒れないよ……」

 渚と別れてデッキに寄りかかる。そして、海を眺めながらつぶやく。

「午後は何をしようかな……」

 数分後、砂を踏む音がする方へ束沙が視線を向けると、水着に身を包んだ女性が3人程、束沙に近付いて来る。そのうちの一人が話しかける。

「あの、すみません……」

 束沙が首を傾げると、違う人が言う。

「お兄さん、私たちと一緒に遊びませんか?」

 束沙は眉を少し下げて微笑む。

「連れを待っているので、遠慮しておきます」

「お話しするだけでもいいので……」

 女性たちは軽く囲むように動く。そこにビニール袋とプラスチック容器の音を鳴らしながら渚が来る。

「……何してんすか?」

 3人は少し距離を取るように固まり、その内の一人が言う。

「この人の知り合いですか?」

 束沙は渚の方に寄る。

「そうっすけど、束沙が変なことしたんすか? って!」

「……」

「ごめんごめん、冗談だって」

 軽く突かれた脇腹をさすりながら、少し不機嫌そうな束沙に渚は笑いかける。

「えっと、私たちが話しかけたんですけど、一緒に遊びませんかって……」

 他2人は小声で喋り、束沙に話しかけていなかった人が渚に笑顔を向ける。

「私は二人ともに、っ!」

 何かを恐れるように束沙の方を向くが、束沙はただ微笑んでいる。渚は申し訳なさそうに言う。

「あ〜、待たせてる人が居るんで、申し訳ないっす! んじゃ」

 2人は小走りでその場を離れる。

「……束沙って、どこ行っても人気だよな」

「あまり他人と関わりたくないんだけど、なんでだろう」

「やっぱ顔か? 学校でだったら勉強も運動もできるからとか?」

「そうなのかな……」

「その返じは、自分が何でもできるイケメンだって認めてるからな?」

 渚は冗談気味に指摘した。

「……いやぁ、楽しかったな〜」

 車内で渚が大きな伸びをする。

「束沙は何見てんの?」

「空」

 窓に顔を向けたまま答える。渚が軽く身を乗り出す。

「お〜、赤くなってきたな〜」

 少しの間眺めていると、くぐもった音とともに窓の外が灰色になる。

「父さん、トンネル入るなら言ってくれよ!」

「すまんすまん、トンネル入ったぞ」

「いや遅いわ!」

 束沙は息を吐き出すように笑う。

「そういや束沙、明日のバイトって大丈夫そ? 家戻んの夜になりそうだけど」

「大丈夫、明日少し遅い時間からだから」

「そういえば束沙くん」

 母親がちらりと束沙を見る。

「明日と明後日は、親戚の家に行くから家にあげてあげられないの。聞いてたかしら?」

「え……」

 渚は目を数回瞬きする。

「……あ、あ〜っ! ごめっ、言い忘れてた!」

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