8月12日

 いつも通りバイトに行った帰り道、いつも通りの道を通る。

「……あ」

 渚の家のそばまで来てしまった。外壁に沿うように大きめの車が停まっている。おそらく親戚の人が乗ってきたのだろう。ここから見えるはずがないけど、渚の部屋の方へ目を向ける。

「……なんでいるんだよ」

 渚がそこから満面の笑みで手を振っていて、思わず頬が緩んでしまう。軽く振り返してから自分の部屋へ自転車ごと方向を変える。

 渚と話さないのはとても久しぶりな感じがして、なんだかしっくり来ない。手持ち無沙汰だから部屋の大掃除でもしようか。

 僕の部屋にはほぼ必要最低限のものしか置いていないから、捨てるものも特にない。初めて渚が来たときに「きれいだな」って言われたけれど、別にきれい好きなわけでもない。ただ、親の金に甘えるのを避けなければいけないと思っているだけだ。

 並べられた夕飯と最後に向かい合った母親の微笑みが脳裏を過る。

「あの子のこと大好きなのね」

 面と向かって大好きだと伝えるのがなんだか恥ずかしくて、つい視線を逸らして、だけど答えないのも変だから無言で頷く。

「……もしかして、恋を、しているの?」

 目を見開き、恐る恐る尋ねる母の顔が、見てはいけないものを見てしまったようだった。あのときは何も考えずに頷いてしまった。

「あの子と、ずっと一緒に居たいと、そう思っているの?」

 かみ砕くように訊かれて、徐々に何か変なことをしたと感じ始めた。

「他の、女の子とじゃなくて、あの男の子と?」

 ひとつひとつ確認されるように言われ、でも嘘をつくには幼かった。

「……気持ち悪い……」

 青ざめた顔で母は命じた。

「外ではそんなこと、絶対に言わないで。私たちまで変に思われちゃうじゃない……」

 嫌忌と怨恨と驚愕といろんな感情が混ざった呪いをぶつぶつと吐き続ける親を見て、自分が異端児だという自覚がやっと芽生えた。あの瞬間は、一生、拭い去れそうにない。

 つい、ため息を吐く。渚といるときは記憶に蓋をすることができていたのに、一人になった途端現れてきて戻すことができそうにない。

 どれだけ外面が良くても、中身がこれじゃあどうしようもない。だけど、異端者ということを隠してうまく過ごしていくためには、外見が大事だということはわかっている。掃除を終えたリビングを見渡して、乾いた笑いが出る。

「……中身とは真逆だな」

 明日は他のところを掃除しよう、どうせ明日も渚と話せないんだし。

 そこまで疲れてはいないが、ベッドに倒れ込む。自分の匂いしかしないこの部屋で明後日まで何もやる気が起きずに過ごすのか。

「……怠惰だな……」

 ベッドからギリギリ見える空は明るい青で、暗い部屋の中でさえも平等に光を注ぐ。渚もこんな僕に、異常者だと知ってもなお、純粋な笑顔を向けてくれるんだ……。

「……渚と、いたいな……」

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