8月10日

「花火よし! バケツよし! バーナー?」

「いいぞ〜」

「よしっ! それじゃあ、花火やってこ〜!」

 渚が楽しそうに言い、父親はガスバーナーを構えている。束沙は縁側に腰掛けていて、そこに母親が中から来る。

「すみません、夜まで居座ってしまって」

「大丈夫よ、楽しんでいってね」

 母親はすでに点火している2人に目を移してつぶやく。

「あそこは、はしゃぎ過ぎだけど」

 渚が束沙の方を向き、ボーボーと光を放つ花火を軽く振りながら笑う。

「束沙もやろうぜ〜」

「じゃあ、一本もらおうかな」

「束沙くん、私の分までやっていいわよ」

「あ、ありがとうございます」

 渚と束沙は同じ種類の花火を手に持ち、父親が火を点ける。すぐに光を飛ばし始め、徐々に勢いを増す。

「束沙は前やったことある?」

「……初めてかも」

「マジで!?」

 渚はニッと笑って言う。

「じゃあ、め〜いっぱい楽しまねぇとな!」

 渚の隣で父親が苦笑する。

「あまり楽しみすぎて火傷とか怪我とかしないようにな」

「は〜い」

 渚は少し残念そうに返事をし、そのやりとりを見て束沙は微笑む。

「次色変わるやつ!」

「そういうのもあるんだ……」

 火を点けると、赤から黄色を経て緑へ変わっていく。

「炎色反応を思い出すね」

「うぉ、なんだっけ、えっと……リアカー?」

「うん、『リアカー無きケー村動力に馬力借ろうとするもくれない』だね」

「えっと、赤が……て終わっちまった!」

 束沙は笑い出し、渚は同じものをもう1本取り出す。

「……この円柱状のは何?」

「さぁ? 父さん、これは?」

「あぁ、やってみるか」

 父親は庭の真ん中にそれを置き、火を点けるとすぐに離れる。その瞬間、火が噴き出して1メートル近く上がった。

「うぉ、すげぇ」

「……これ、結構危険なのでは?」

「パッケージの裏に遊び方はかいてあるからな」

 火の柱はすぐに低くなり消えていった。

「次俺二刀流する!」

「僕はちょっと休憩」

 渚は両手に一本ずつ持って回り始める。花火に照らされて渚の顔がいつもと違うように見える。ただ、その表情はいつもの渚で……。

「束沙もやるか?」

「……やらなくていいよ」

「え〜、楽しいのに〜」

 新しいものに交換して再び回り始めた渚を、束沙は眺めていた。

「……目〜回った〜」

 少し不安定な足取りで渚も束沙の隣に腰掛ける。

「あれだけ回転してたら、ね」

「う〜ん……よし、直った」

 渚の視線の先には、し終わった花火が入っているバケツがある。

「結構やったな〜」

「もう四本しか残ってないよ」

 渚は2本取り、片方を束沙に渡す。

「線香花火、やろうぜ」

「線香花火?」

「おう、そんで、長く保てたほうが勝ち!」

「まず、どういう花火か教えてもらっていい?」

 束沙が苦笑気味に言うと、渚は庭の真ん中辺りで束沙を手招きする。

「もうこれしか残ってないのか。少ないなぁ」

「父さん、いいから早く点けてよ!」

「はいよ」

 父親は2人の花火に火を灯す。赤く光る玉がすぐにパチパチと音を立てて小さな花火を生み出す。

「なんかゆらゆらしてる……」

「あんま揺らさないようにな、そうしないと」

 束沙の赤い玉が枝から外れる。

「あ……」

「そんな風に落ちちゃうからさ」

 渚の火の玉も続くように落ちる。

「ありゃ……まぁこんな感じで、できるだけ落ちないようにしたほうが勝ち」

「……わかった。ちなみに、罰ゲームはあるの?」

「え〜、じゃあ、勝った人がやりたいことをいつかやる!」

「いつかって……まぁ、いいよ」

 最後の2本をそれぞれが持ち、父親が火を点ける。徐々に音が激しくなっていく球体を眺めながら、渚がつぶやく。

「線香花火って、花火の終わりって感じがするんだよな」

「そうなんだ」

「なんだろ、静かに火を見つめてるからかな」

「……」

 2人の顔は小さな花に仄かに照らされている。そこに少しの風が吹く。

「「あ……」」

 ぼっという小さな音を立てて2本の花が落ちた。渚は笑い出す。

「2人で同時って、ありかよ!」

「引き分けだね」

 束沙が微笑み、立ち上がる。

「そうだな! いやぁ、楽しかった〜」

 渚も立ち上がり、父親とともに片付け始める。

「そういや束沙、明日のバイト休めたか?」

「うん。高校生なんだからもっと遊べって」

 束沙が苦笑気味に言うと、渚は真剣な顔付きで数回頷く。

「……じゃ、明日は朝9時くらいにここ来いよ」

「わかってるよ」

 2人は笑顔で言う。

「「海水浴だから」な!」

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