8月9日

「浴衣着るのなんて初めてだよ」

 人がある程度いる電車の壁に寄りかかりながら、束沙がつぶやく。

「俺も久しぶりだわ、少し遠いとこの祭りに行くのなんて」

 電車が到着し、人々がぞろぞろと降りていく。2人も流れに乗って移動する。

「昨日の雨で花火が今日になったんだってさ」

「へぇ」

 進むにつれて橙色に似た光が充満している通りに近づく。祭り囃子のような音楽が徐々に大きくなる。

「束沙?」

 呼ばれて渚の方を見ると、渚は束沙を見ていた。束沙が首を傾げると、束沙の手を取り流れを切るように引っ張る。

「とりあえず、あっちに抜けようぜ」

「……ああ」

 広場のような場所で、所々に人がケータイを眺めて立っている。

「ふぅ、とりあえず、何食う?」

「……見ながら決めるわけではないんだ」

「それでもいいんだけど〜」

 渚は少し嫌そうな顔をして言う。

「人が多すぎて動きにくいんよなぁ」

 そして、ニッと笑う。

「って、思ってるだろ?」

 束沙は目を丸くする。渚が数回瞬きして言う。

「あれ、違った?」

「いや……当たってる、けど」

 渚は笑いかける。

「じゃ、何したい?」

「……たこ焼きってあるかな」

「探してみようぜ!」

 渚は走り出す。

「っと、ぶね〜」

「浴衣、というより下駄だと歩きづらいよね」

 2人は人波に乗り進んでいく。

「あ、射的だ!」

 渚が波から外れ、束沙も追う。

「やらせてください!」

「僕もお願いします」

 コルク弾を5個ずつ渡され、2人は並んで構える。

「お菓子狙うぞ〜!」

「お菓子しかないよ」

 渚が銃口を横長の箱に向ける。銃声に続きパコッという音が聞こえるが、少し揺れただけで終わる。

「まだまだ〜!」

「……」

 同じ商品を狙って撃つ。銃の音が重なって聞こえ、渚が狙っていた箱が倒れる。渚はバッと束沙を見る。

「今俺の手伝った?」

「……さぁ?」

 束沙は視線を逸らす。渚はニッと笑って言う。

「ありがとっ! 次は束沙のほしいやつ手伝おっか?」

「いや、僕は倒れやすそうなの狙うから大丈夫。渚は渚がほしいのを狙いなよ」

 束沙は縦長の箱の上方を狙って引き金を引く。

「おっ、すげぇ! 俺も負けてらんねぇ!」

「勝負じゃないよ?」

 数分後、渚はレジ袋を片手に束沙に訊く。

「ほんとに俺がもらっていいのか?」

「僕は食べないからいいよ」

「じゃあ、もらうわ。ありがとな」

 笑って言った後、次の出店を指差す。

 数十分後、束沙はたこ焼きを、渚はりんご飴を食べながら、人波に逆らって歩く。

「花火見れねぇの、なんか悔しいな」

「……電車の中から少しは見えるかもね」

「え、マジで?」

 渚は目を輝かせて束沙を見る。

「おそらく、だけど」

「じゃあ、それで我慢しよ〜っと」

 渚が飴を齧り、リンゴを覆う半透明の赤にヒビが入る。束沙はそれを眺め、少ししてたこ焼きに爪楊枝を刺す。

「渚、たこ焼き食べる?」

「え、いいのか?」

 たこ焼きを運ぶと、渚はそれを一口で食べる。

「ふぁふ……んまっ!」

「……ねぇ、渚」

 渚はタコを噛みながら首を傾げる。

「りんご飴、一口くれないかな」

「え、甘いけどいける?」

 束沙は一度頷いて、渚の手を動かす。

「急にどしたよ」

 飴が割れる音とともに柔らかいリンゴが口内に入る。

「……甘い」

「言ったじゃんか〜」

 束沙は渚の手を離し、たこ焼きに戻る。

「束沙、顔赤いよ?」

「りんご飴のせい」

 渚は少し不思議そうに束沙を見た後、りんご飴を齧った。

「……もうすぐ花火始まんのに電車来ちゃった〜」

「やっぱり人が少ないな」

 2人は電車に乗り椅子に座る。発車後少しして鈍い音が響いてくる。

「あ、ギリ見える」

 渚は立ち上がり窓に近づく。束沙も渚の隣に行って闇に咲く花を見る。

「よかったね」

「おう」

 トンネルに入ると、2人はもとの席に戻る。

「……でもやっぱ、近くで見たかったなぁ」

 渚が名残惜しそうにつぶやき、少しして「あっ」と言う。

「束沙、明日、夜まで俺ん家にいてくれないか?」

「え、別にいいけど」

 渚はニッと笑って言う。

「花火しようぜ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る