8月7日
「あ……」
窓に水滴が当たり始め、徐々に量を増やしていく。
「降ってきたか……」
束沙は腰を下ろす。
「帰れなくなっちゃったな」
「そうだね」
渚は広げていたワークに目を戻し、束沙は外を眺める。
「……あ」
「え、どした?」
「今、光った」
「マジでっ!?」
渚が目を輝かせて窓に近づく。
「……雷、好きなの?」
「おうっ! ピカッて光って面白いんだ!」
束沙は渚の肩に手をかけ、引き戻す。
「っとと、何すんだよ〜」
「雷鳴り終わる前に宿題終わらせなよ。これで最後なんでしょ? ほら、あと少しだから」
「ぅ……わかった」
渚はしぶしぶといった風に机に向き直り、勢いよくシャーペンを走らせる。
十分も経たないうちにシャーペンを放り出して窓に張り付く。束沙は渚のワークを眺め、筆箱から赤いボールペンを取り出して丸をつける。
「お疲れ」
「ありがと、雷まだかな〜……あっ!」
景色が一瞬明るくなり、また灰色に戻る。遠くで岩が転がり落ちる。
部屋の扉がノックされ、父親が顔を出す。
「雷は夜くらいまで続く予報だけど、束沙くん、どうする予定かな?」
「どう、しましょうか……」
束沙は少し眉を下げて言うと、渚が振り向く。
「じゃあ、泊まってけば?」
「えっ」
「そうそう、その提案をしようと思っていたんだ」
「え……」
「あ、じゃあ……」
目を輝かせて話す渚とそれを聞きながらにこやかに笑う父親に挟まれ、束沙は少しの間目を丸くしていたが、結局流れに乗ることにした。
夕飯を食べ片づけ終わった頃、4人は和室に集まる。輪になって座り、真ん中には懐中電灯を置く。渚が片手を挙げて声高らかに言う。
「それではこれから〜トランプ大会を始めます!」
「イエーイ!」
父親が盛り上げる一方、母親は身体を縮こまらせて細かく震えている。束沙が説明を求めるように渚を見る。
「母さんは雷苦手だから、俺らで盛り上げて雷の怖さを吹き飛ばそうの会、だよ」
「なるほど……?」
渚はカードをケースから取り出し、畳の上に広げる。
「勝った人から順番にお風呂に入ってもらいま〜す」
「そういうルールもあるんだ……」
渚と父親はカードをシャッフルする。
「やっぱり勝ち負けがわかりやすいババ抜きがいいか?」
「え、でも、前のダウトも面白かったよね」
「神経衰弱は……」
2人が母親を見ると、彼女は首を横に振る。
「「ダメだね」」
やり取りを眺めている束沙を見て、渚は首を傾げる。
「……なんでもないよ」
「そう?」
束沙は微笑んで言う。
「やるの、七並べはどうかな?」
「七並べ……いいね!」
渚はカードを配る。
「ジョーカー入ってるか?」
「入ってるよ〜」
「ジョーカーって、どういう役割なの?」
「僕が前やったのは、ジョーカーが置かれたところはそこの続きを置いてよくて、カードを持っている人は次に必ず出さなければならないって感じでした」
配り終わり、全員の顔を見回す。
「手持ちのカードが先になくなった人から風呂に入ってく、ということで……」
「じゃあ、束沙、母さん、父さん、俺の順で」
「渚って、じゃんけん弱いよね」
「うるせぇ……」
渚に軽く睨まれながら束沙はスペードの7を出してゲームが始まる。ときどき小さな雷鳴が響いてきて、渚と父親はそれをかき消すように話す。
「今外見たら光ってるかな〜?」
「どうだろうな。雷神様は楽しそうだよな、母さんと違って」
「雷って龍みたいだよね!」
束沙と母親は無言のままゲームが進んでいく。2人の会話が一段落ついた頃、束沙が口を開く。
「渚、どこの端を持ってる?」
「えっ!? え〜……」
「渚が勝てるように協力するよ」
「マジで!? えっと、ハートの1、2とスペードのキングと……あ、ハートのキングも」
父親が半ば呆れたように渚を見て、負けじと母親に声をかける。それを見た渚がつぶやく。
「……チーム戦になっちゃった?」
数分後、母親が叩くように置いて立ち上がる。
「先入ります」
「お、母さんイチ抜けかぁ」
父親は出せずにパスをし、渚はハートの1を置いて勢いよく両手を挙げる。
「よっしゃ! 束沙、さんきゅ!」
束沙も最後の1枚を置き、2人はハイタッチをする。
「いやぁ、束沙くんは頭の回転が速いね」
「ありがとうございます」
渚はカードを集め、再び混ぜ始める。
「待ってる間にイッキュウサンやろうぜ」
数十分後、母親が風呂からあがってきた頃には、束沙の隣にはカードの山ができていて渚は父親を責めていた。
他人の家のお風呂を使わせてもらうことになるなんて、しかもその家が渚のだなんて、想像もしてなかったな。服から渚の香りがして、なんか落ち着かない……。和室に入ると二組の布団が並べられていて、片方の上に座った渚が僕を見て笑う。
「束沙、服のサイズ大丈夫だった?」
「ああ。ありがとう」
髪が濡れて平べったくなっている渚に少し違和感を感じながらも向かい合って座る。
「俺もここで寝ることにしたんだ〜」
渚がうつ伏せになって、足をばたつかせる。
「……まだ雨降ってるの?」
「うん。明日まで止まないらしいよ」
「……明日休もうかな……」
「休んじゃえ、休んじゃえ〜」
渚がイタズラを企てるように笑う。
「じゃあ、明日連絡しようかな」
「そうしな〜」
寝転がり仰向けになる。
「……楽しかった?」
「とても。……家族で仲良いんだね」
「うん」
会話が続かないな……。渚の瞼が下がりかけている。
「寝たら?」
「う〜ん? う〜ん……なんか、修学旅行みたいだよなぁ」
「……確かにね」
渚がへにゃっと笑う。
「恋バナでもする〜?」
「……僕は渚の恋バナが聞きたいけどな」
「え〜」
渚、思考回ってんのか……?
「俺はね、まじで恋愛とかわかんないんだよ」
「これまで一生一緒にいたいと思った……女子、とかいないの?」
「ん〜? ……いないなぁ」
渚は目を閉じているように見える。
「女子と話すより男子と体を動かして遊ぶ方が楽しいからさ〜……かわいいとか、そういうのあんまわかんねぇし……」
「そっか」
「……つかさはぁ?」
「僕? 僕は……」
周囲を見る。雨音の中で風鈴が鳴るけど、足音は聞こえない。
「僕は」
渚の口が軽く開いている。胸が上下している。
「渚……寝た?」
「……」
寝たな、これ。軽く頭を撫でると、微笑んでくれる。
「……おやすみ、渚」
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