8月6日

「海行かね?」

 渚からのメッセージが束沙のケータイに表示されている。束沙はベッドの上でつぶやいた。

「どういうこと?」

 束沙はインターホンを押す。すぐに玄関の戸が開き、渚が出てくる。

「財布持ってきた?」

「ああ」

「じゃあ、れっつごー!」

 自転車に跨り走り出す。

「急に『海行かね?』って、何かと思ったよ。『買い物いかね?』ならまだわかるけど」

「わりぃわりぃ、朝飯んときに今度行こうって話になって、束沙も来るかな〜って」

「それ、僕も行っていいの?」

「い〜のい〜の、2人ともオーケーしたし」

「そっか」

 2人は二階建てのショッピングモールに着く。

「僕、ここに来たの初めてかも」

「そうなのか? じゃあ、俺が案内するぜ!」

 渚は軽く胸を叩いてニッと笑う。

「と言っても俺もあんま来ないんだけど」

 束沙は苦笑する。

 1時間弱が経過した頃、渚は大きめのレジ袋を肩に掛けていた。

「なんでこんな重いんだ……?」

「渚のご両親からの要望もあったからね」

「そうだよ!」

 叫ぶように嘆く。

「なんで俺に押しつけるかなぁ!」

「でも、料金請求できるね」

 束沙の言葉に渚は飛びつく。

「名案! 俺の分まで払っても〜らおっと」

 うれしそうに歩く渚を見て、束沙は微笑む。

「……あれ、束沙?」

 いつの間にか隣にいない束沙に気づき、渚は振り返る。束沙は途中で立ち止まっていた。

「どした〜?」

 束沙の視線を追うと、太鼓のリズムゲームがある。

「あれ、やりたいの?」

「……まぁ、うん」

 俯き加減の束沙に、渚はニッと笑いかける。

「やろっ!」

 十分ほどが経ち、最初のゲームの結果が表示される。

「束沙、うま過ぎだろっ!!」

「……うん、まぁ、よく、やってたから」

 渚は心配そうな顔をする。

「……大丈夫?」

「うん、大丈夫」

 束沙は微笑み、次の曲を探す。渚は何か言いたそうに束沙を見つめ、少ししてニヤッと笑う。

「なぁ束沙、勝負しようぜ」

 束沙が首を傾げる。

「俺が1回でも束沙より点数高かったら、束沙がなんでこれやりたかったか教えてくれ」

 束沙は硬直して一度目を逸らした後、渚に向き直って笑う。

「じゃあ、どっちも僕が勝ったらどうするの?」

「え、えっと……」

 少し考えてから答える。

「……じゃあ、俺になんでも1コ質問していいよ」

「わかった」

 2人は画面に向き直る。

「……だぁ! やっぱダメか!」

「1回目は僕の勝ちだね」

「難易度最高なのに、よくできるなぁ」

 渚が感心するようにつぶやき、束沙は眉を少し下げて微笑む。

「……次俺が曲決めていい?」

「どうぞ」

「どれにしよっかな〜」

 真剣な顔で曲を探す渚を束沙は眺めている。その視線に気づいた渚が束沙の方を向くと、束沙は言う。

「時間なくなるよ」

「うぉ、ほんとだ」

 慌てて下に向かう渚を見守る。

「……よし、この曲で」

「了解」

 流れてきたのは、アイドルソングだった。束沙は流れてくるノーツを叩きながら疑問の声をあげる。

「なんでこれ?」

「母さんが一時期ハマってたなぁって」

「渚も好きなの?」

「……いや、なんか知ってる曲だったから。あと、束沙が知らなさそうだったから」

「勝ちに来てるね……」

 2人は順調に点数を稼いでいく。

「なぁ、束沙」

 大詰めに至る頃、渚が口を開く。

「俺さ、束沙のこと、もっと知りたいんだ」

「……」

 束沙はちらっと渚を見る。その瞬間にノーツを一つ逃した。渚は目を画面に向けてゲームをやりながらも、言葉を続ける。

「束沙がたまにすごく苦しそうに笑うのが、気になって仕方ないし」

 束沙は画面に顔を向けるが、ノーツをうまくとらえていない。

「俺にできることがあるなら、なんだって力になりたいよ」

 渚は画面から目を離さず、コンボを続ける。

♪〜「だいすきだから」っ!

 束沙は渚を見つめる。渚は画面を見たままニヤリと笑う。

「束沙、負けちゃうよ?」

「っ!?」

 慌ててノーツを追い始めるが、手が震えて叩けない。そのまま曲が終わる。

「……よっしゃ! ちょっとだけど俺の勝ち〜」

 束沙は渚の肩をつかみ、グラグラと揺らす。

「うわぁぁぁぁ、ごめん、ごめんって!」

 手を離し、渚は少しふらついてから束沙を見る。束沙の顔は赤かった。

「……卑怯だ」

 そう言い残して荷物をつかみその場を離れる。渚は慌てて自分の荷物を手に取る。

「束沙〜! マジでごめんってば〜!」

「……で、理由訊いていい?」

 追いついた渚は、ひとしきり謝ったあとに尋ねる。束沙は顔を顰める。

「ズルしたのに?」

「うっ……でも、勝負は勝負だし〜」

 渚は視線を逸らす。束沙はひとつため息をついて言う。

「いいよ、条件付きで」

 渚がうれしそうに束沙を見る。

「ありがと! で、その条件って?」

「ひとつだけ答えて」

 束沙が立ち止まり、渚もそれに倣う。

「さっき言った、僕のことを知りたいっていうのと、……だいすき、というのは、……」

 渚は数回瞬きした後、ニッと笑う。

「本心だよ」

「っ!」

「あれ、あ〜、そう、全校集会の日に言えなかったこと」

 束沙は微笑む。

「ありがとう」

 2人は歩き出す。

「……で、なんであれやりたかったの?」

 渚が覗き込むように見ると、束沙は少し視線をずらす。

「……久しぶりに見たから、なんとなく」

「最近はやってなかったんだ」

「忙しかったからね」

 渚は続きを待つように束沙を見つめる。

「……近くにゲーセンがあったんだ」

「え、い〜な〜」

「僕、家に居るの、居心地が悪くて」

 束沙は少し上を向き、眉を下げて微笑む。

「毎日やってたなぁ」

「……逃げ場、か」

 渚がつぶやくように言い、束沙は軽く頷く。

「つらかったから、そんな顔するんだよな」

「僕、そんなに辛そうな顔してる?」

 渚は真剣な顔で束沙を見る。

「ああ。してる」

 束沙は少し目を見開く。

「でもさ、束沙」

 渚はニッと笑いかける。

「今日ので、辛いだけじゃなくなっただろ?」

 束沙は数回瞬きをした後、微笑む。

「渚に卑怯な手段で負けたゲーム、か」

「それは、ガチで、ごめんよ……!」

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