8月3日

「一人で束沙の家来んの、何気初かぁ」

 渚はアパートを軽く見上げてつぶやく。片手にはビニール袋をぶら下げ、もう片方には画面がついたままのケータイを持っている。そこには数十分前のやりとりが表示されていた。

「朝にごめん。たぶん熱出た。今日傘返せそうにない。」

「傘のことはいいよ」

「食べ物ある?」

「確かご飯はある。」

「何か食べた?」

「まだ。」

「今から行くわ」

「来なくていい。」

「いや行く」

 渚はうろ覚えの番号を探し、インターホンを押す。少ししてガチャンという音が響く。

「束沙、大丈夫……じゃないか?」

「ふっ……なんで、その聞き方?」

 束沙は顔が赤く、肩で息をしている。

「すまん、起こして。歩けるか?」

「うん、けほっ、大丈夫」

 突き当りのベッドに倒れ込む。

「台所借りるぞ」

 一応断ってから、ベッドの対角線上にある台所に、ビニール袋を置く。シンクで手を洗い、袋から体温計を出して束沙に渡す。

「熱測っといて」

「うん」

 てきとうに取ったコップを軽く洗いでから水を入れ、体温計と交換する。

「結構あるな」

「水、ありがとう」

「おう。寝てていいよ」

 束沙からコップを受け取り台所に戻る。スマホを開き、「おかゆ レシピ」と検索する。

「ごはんっはど〜こだ〜」

 冷蔵庫に卵を入れ、そこからラップをしてある白飯を取り出し、鍋に水とともに入れる。

「久しぶり〜の〜ガ〜スコンロ〜」

ときどき軽く混ぜながら、渚は塩と小皿を見つける。卵を1個取り小皿に割り入れる。

「ちょっと平べったいな……まいっか」

 箸で切るように混ぜる。少しして鍋に解いた卵を加え、さらに混ぜる。

「束沙〜、起きれる?」

「……」

 チラと束沙の方に目を向けつぶやく。

「寝ちゃってるか」

 少しして火を止め、さっと塩をふる。

「よし、完成。器は……あった」

 茶碗を手に取り4分の1ほどを移す。置いていたコップを再度洗いで水を入れ、束沙の側に行く。

「束沙〜?」

「……ん、ぁれ、渚……あぁ」

 束沙はゆっくりと起き上がる。

「何か食べないと薬飲めないよなって」

 渚が茶碗を手渡す。

「……スプーン」

「あ、ごめん! 今持ってくる!」

 渚が慌てて台所に戻る。それを見た束沙は笑い出す。

「いや〜、忘れてたよ。ほい」

「ふふっ、ありがとう」

 束沙が食べ始めるのを見てひとつ頷く。

「あ、水置く場所ある?」

「ここ」

「オーケー」

 渚は台所に戻り、余ったおかゆを大きめの器に入れ、食器を片づける。

「まだあるけどいる?」

「……じゃあ、もう少し」

「ほ〜い」

 さらに4分の1を入れ、渚は袋からおにぎりを出して束沙のところへ行く。

「俺も昼食べちゃお〜」

「……台所とかで、食べたほうが……」

 渚は首を傾げる。

「……移しちゃうかも」

「だいじょ〜ぶだよ!」

 笑顔でトンと自身の胸を叩く。

「バカは風邪なんて引かないから!」

 束沙は苦笑混じりに言う。

「それを真に受けてるのも、自分がバカだって認めちゃってるのも、渚くらいだよ」

 そして、おかゆを食べ始める。

「……渚って、料理上手いよね」

「そうか? たまたま簡単なレシピを見つけただけだと思うけど」

 食べ終わり、束沙は薬を飲んだ後布団に入る。

「残ったおかゆは冷蔵庫入れとくから、夕飯にでも食べて」

「ありがとう」

「なんかあったら連絡くれよ。すぐ来る」

「……連絡できるかはわからないけど」

「それもそうか!」

 束沙は渚を見つめている。それに気づいた渚は、数回瞬きをした後、束沙の頭を撫で始める。

「……ありがとう」

 束沙は微笑み、そのまま目を閉じる。少しして小さな寝息を立て始める。

「じゃ、また明日な」

 小さく言い残し、渚は外に出る。

「……あ、傘持って来忘れた」

 一度戻って、昨日貸していた傘を手に取る。

「……ていうか、鍵どうすんだ?」

 結局、束沙が再び目を覚ますまで渚は立ち往生していた。

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