8月1日
「俺の誕生日〜? 7月31だよ」
渚は束沙を振り返る。
「束沙は?……どしたの?」
「いや……」
目を少し丸くしていた束沙は軽く首を振る。
「ただ、僕の誕生日が渚くんの次の日だったってだけ」
「えっ!? すげぇ偶然!」
少し考えた後、渚は自慢気に言う。
「俺の方が微妙に年上なんだな」
「……ちなみに、何時に産まれたの?」
渚は面食らったような顔をした後、考えながら言う。
「確か、22時くらいって言ってたっけな」
束沙は微笑む。
「僕は8月1日の1時くらい、午前のね」
渚は数回瞬きし、取り繕うように言う。
「じゃ、じゃあ、俺が3時間センパイだな!」
「ほぼ変わんないよ、それ」
束沙はそう言って笑った。
「僕の誕生日……覚えててくれてたよね、センパイ?」
「うっ……」
渚は視線を彷徨わせ、軽く息を吸って両手を叩き合わせる。
「ほんっとうに、申し訳ありませんでしたっ!」
束沙はふっと笑って言う。
「別にいいよ、昨日の反応でわかってたし。ただ……」
目線を下げて残念そうに言う。
「センパイならきっと、サプライズとか、してくれると思ってたんだけどな……」
「うぅ、ほんとにごめんなぁ……」
そう言って渚が束沙の顔を覗き込むと、束沙は笑いを堪えていた。
「もう、からかうなよ〜」
「いや、ごめん、つい」
渚は少し頬を膨らませて言う。
「最近、束沙がイジワルな気ぃするんだよな……」
束沙は一瞬固まり、微笑む。
「そうだったなら、ごめんね。気をつけるよ」
「いやまぁいいんだけど」
渚が机を回って束沙に近寄る。
「で、なんかほしいのとかある? 俺の小遣いの範囲内だったら買ってやるけど」
束沙は渚を見つめる。渚が首を傾げる。
「何かしてほしい、とかもいいの?」
「え、うん。束沙がそれでいいなら」
束沙は少し考える。
「…………じゃあ、今日、5……いや3分だけでもいいから、渚の体を貸してくれないかな……なんて……」
徐々に頬を赤らめ目線を逸らしていく。渚は少し首を傾げて言う。
「いいよ」
「え、いいの?」
束沙が勢いよく顔を上げると、渚は軽く頷く。
「……じゃあ、お言葉に、甘えて……」
渚に近寄り手に触れる。僕とほとんど変わらない大きさなのに、僕のとは全く違う。それを頭に乗せる。
「ん、撫でる?」
「お願いします……」
「なぜに敬語?」
笑いながら優しく撫でてくれる。心地良い。さらに近づき抱きつく。前回のこともあってか、今日は自然な流れで腕を回してくれた。いい匂い。太陽のような、爽やかな夏の朝のような、そんな心地。
自分のモノにしたい。
肩に置いていた顔を少し動かすと、渚がこちらを見て笑いかける。
誰にも渡したくない。
僕の心音と渚の心音が同時に聞こえる。夏のせいか体温のせいか黒からこぼれる汗が見える。それがたまに夏を反射して輝く。
もう離したくない。
「……3分って、どんくらい?」
渚が沈黙を破ると、束沙は返す。
「もうちょっと」
声は冷静だが、頬が火照っている。渚は束沙を見つめる。
「暑くないの?」
「暑い、けど、気持ちいいんだ」
「まぁ束沙がいいならいいんだけどさ」
数十秒後、束沙が離れる。微笑んで言った。
「ありがとう、渚」
「いや別に。ほんとにこれで良かったのか?」
「うん」
机の上にあるほうじ茶を飲む。
「これが良かったんだ」
「……そっか」
渚が手を伸ばすと、束沙はもう一つのコップを手渡す。それを一気に半分ほど飲むと、渚は元気よく言った。
「よしっ、宿題進めるぞ!」
「お、やる気あるね」
渚は拳を握って言う。
「夏休みの中盤は、遊び倒す予定なんだ!」
そして束沙に笑いかける。
「束沙も一緒に遊ぼうぜ!」
束沙は笑顔で頷いた。
「まぁ僕、バイトあるんだけどね」
「い〜からい〜から! あと、束沙はバイト入れすぎだと思うぞ」
「そんなことないと思うけど……」
「いいや、毎日はやり過ぎだ」
「う〜ん、そうかな……」
束沙が遠い目をする。俺は束沙の過去に何があったのか知らない。ただ、たまに、闇を詰め込んだみたいな目をするのが気になって仕方がない。一昨日の帰り際も、苦しそうに微笑むときも、そして、さっきも……。何かしてやれたらと、いっつも思ってるけど、束沙の誕生日すら忘れてたし……俺にできることなんて、無いのかもな。
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