7月31日
来客を告げる音が響く。渚は気の抜けた返事をしながら玄関まで走る。
「よっ!」
束沙が大きめの紙袋を持ったまま微笑んだ。
「誕生日おめでとう、渚」
渚は目を見開いた。
「俺の誕生日……覚えててくれたのか!」
「もちろん。はい、プレゼント」
興奮気味に受け取り、中を見ようとする。
「渚〜? はやく入れてあげなよ」
「はっ! ごめん、束沙。あがってあがって」
風鈴を鳴らしながら部屋に戻り、定位置に座る。
「それではこれから、開封の儀を執り行います!」
「そんな気合い入れなくても、大したものじゃないよ」
「いやいや〜」
身体を揺らしながら紙袋の中を覗き、袋を取り出す。
「服?」
束沙は少し視線を下げて渚の反応を待つ。渚は袋の中から、白と青のグラデーションがかかったTシャツを取り出す。
「お〜! かっけぇ! ありがと〜!」
束沙はほっと息をついて微笑む。渚は手にある服をいろんな角度から見た後、束沙の、黒と赤のグラデーションが描かれた服を見る。
「……色違い?」
「っ……」
束沙は固まって目線を逸らす。沈黙が流れる。渚は笑った。
「いいね! え、今日着ちゃう? 揃えちゃう?」
「……せめて、1回洗おうな」
「は〜い」
渚が階下へ走り去る。束沙は肺の中の息をすべて吐き出すように、額を机につける。
「……よかった……」
母親に呼ばれて束沙も下に降りる。
「束沙くん、おやつ食べない?」
「え、いいんですか」
母親は微笑んで頷く。
「あとで合図するから、その時は渚の目を隠しておいてくれない?」
束沙は納得したような顔で頷く。そして、庭にいる渚のもとに行く。
「渚、何してんの?」
「母さんに草取り頼まれてさ〜」
軽く愚痴をこぼしながら腕で汗を拭く。束沙は腕を捲って言う。
「僕も手伝うよ」
「え、大変だよ?」
「いいから、さっさと終わらせよう」
「おうよ! ありがと!」
数十分後、父親が縁側に出てくる。
「おっ、精が出るなぁ。水飲むか?」
「飲む!」
「ありがとうございます」
「飲み終わったら一旦終わりにして戻って来な」
「は〜い」
空になったコップを預け、外の水道で手を洗い玄関から中に入る。束沙は入った瞬間に渚の目を手で覆った。
「えっ!? 何? どした?」
「少しずつ前行って、そこ段差、はい、もうちょっと進んで」
渚は束沙に疑問をぶつけながらも言う通りに動く。
「止まって」
「うわ、急に回すなよ〜」
「そのままだよ」
渚はリビングの入口付近から和室を眺める。
「束沙くん、ありがとうね」
「いえ」
「え、母さんがグル?」
「じゃあ、せーのって言ったら振り返ってくれよ」
父親がそう前置きして、声をあげる。
「せーのっ!」
「「「お誕生日おめでとう!」」」
鳴り響くクラッカーの音と散らばっていくリボンが視界を彩る。テーブルの上にはアイスケーキが待ちわびていた。
「おおぉ! ありがと〜!!」
渚が叫ぶように言い、我一番と席につく。
「食べようぜ!」
母親が苦笑気味に「はいはい」と言い、父親が包丁を持ってくる。束沙がそれを少し遠くから見ていると、渚がそれを見て手招きする。
「束沙、食べれる?」
「ああ、食べていいなら」
渚はニッと笑った。
「いいに決まってんじゃん!」
「これ……夕飯要らないかもな」
玄関先で束沙がつぶやく。
「確かに……ま、俺は食べるけどな!」
「腹壊すなよ」
渚は少し遠くを見る。
「俺、久しぶりに家族以外に祝ってもらったわ」
束沙に満面の笑みを向ける。
「ちょ〜楽しかった! マジ、サンキュー!」
束沙も微笑み返す。
「それなら良かった」
「そういや、束沙の誕生日って……あれ? 待てよ」
「どうしたの?」
束沙は微笑んだまま尋ねる。渚はみるみる顔を青くし、おそるおそるといった風に訊く。
「あした……?」
「うん」
束沙の顔は変わらない。
「いや〜、楽しみだな〜、何かサプライズでもあるのかな〜?」
そう言いながら帰っていく束沙を眺め、渚は呆然とつぶやいた。
「忘れてた……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます