7月30日

「なぁ、束沙」

 束沙が広げているワークの真ん中に、シャーペンが挟まれる。

「何?」

 束沙が顔を上げると、渚が頬杖をついていた。

「水鉄砲しねぇ?」

「水鉄砲……?」

「そう!」

 渚は勢いよく立ち上がる。

「夏にこそやるべきスポーツ! 誰もが楽しめて涼しくもなれるサバイバルゲーム! 毎年一人でやってて寂しかった、あの……!」

「一人でやってたんだ……」

 束沙が苦笑気味に言うと、渚はすとんと腰を下ろして口先を軽く突き出す。

「だって誰もノッてくんねぇんだもん」

「……じゃあ」

 束沙は微笑んで言う。

「このプリントを今日中に終わらせられたら、その後にやろうか」

 渚は目を軽く見開く。

「いいのか……?」

「ん? 」

 束沙が目を細めて口角を少し上げる。

「やらなくてもいいの?」

「なっ!? やる! 絶対やる!」

「じゃあ早く終わらせなよ」

「ああ!」

 渚は机に食い込むようにしてペンを走らせる。その様子を少しの間眺めた後、束沙も自分の問題に戻った。

「……よしっ、終わった〜!」

「おつかれさま」

 伸びをする渚に束沙は微笑む。渚は身を乗り出して言う。

「で、やるんだよな? やるんだよなっ?」

「ああ、約束したしね」

「ぃよっしゃ〜!」

 渚は部屋を飛び出し、風鈴がいつもより大きな音を鳴らす。束沙は急かす渚の声に返事をしつつ立ち上がった。

「的あてとサバゲー、どっちがいい?」

 渚が水を入れながら尋ねる。

「う〜ん、最初は慣れるために的あてがいいかな」

「おっけ〜、じゃっあ〜」

 渚は玄関近くの砂利道から石を一つ持って来て、レンガ模様の外壁に一つバツ印を描く。

「近いところに当たったら勝ちね」

「勝負なんだ」

「だってその方が面白いだろ?」

 渚がニッと笑う。束沙は少し考えてから提案する。

「じゃあ、ハンデつけてくれないかな?」

「ん〜、まぁ最初だしな。いいよ~俺より2歩前で撃って」

「ありがとう」

 構えようとして、もう一度渚を見る。

「ちなみに、罰ゲームとかあるの?」

「え、う〜ん……じゃあ」

 渚は水鉄砲を構える。

「負けたら何か買ってやること!」

 ピュッと飛び出した水は、印の数mm上に当たった。渚はVサインをする。

「500円以内で!」

「いや、うますぎだよ……」

 束沙は少し呆れたような顔をする。渚が急かし、撃った水は印の数cm下に当たった。

「いえ〜い、俺の勝ち〜」

 喜ぶ渚を見た束沙は、少し持っているものを眺めるともう一度構えて撃つ。その水は、印の数mm下に当たる。

「え、上達早……」

 目を丸くする渚を振り返って束沙は微笑む。

「さ、サバゲーもやろうか」

 渚はぶるっと震えるが、ニッと笑って答える。

「おうよ! 卓球のリベンジだ!」

「全く違う競技だけどね」

 2人は弾を詰め始める。

「次の罰ゲームは僕が決めてもいい?」

「い〜よ」

「じゃあ、負けたら勝った人のお願いをなんでも一つ叶える」

「……重くね?」

 少し顔を顰める渚に束沙は挑発的な笑みを向ける。

「くっ、やってやるよ!」

「ふふっ、ありがとう」

 詰め終えた2人は、ある程度の距離をとる。

「1回当たったら1点、どっちの弾も切れたら終了の真剣勝負だ。束沙、準備はいい?」

 束沙は微笑んで頷く。

「じゃあ、この石が地面に落ちたらスタートだ」

 そう言って渚は石を上へ放り投げる。

 トスッという音と共に、互いに銃口を向け走り出す。先に撃ったのは渚で、肩のあたりをかする。束沙も一瞬遅れて撃つが渚は横に逸れて逃れる。束沙はもう一度撃とうとする。しかし、渚は家の影に入っていった。束沙は相手が隠れた場所を観察しながら数歩後退り、その後反対側に回る。

 渚は庭の反対側まで回り込み、獲物が来るのを構えている。人影が近づき、角で一度止まる。それが動き出し顔が見えた瞬間にそれを目掛けて撃つが、束沙は既にしゃがんでいる。束沙が下方に撃つと、渚はそれを飛んで避け、束沙の横を走り抜けて背後に行く。渚が一発撃つと、束沙はそれを寝て避ける。数発撃つが、束沙は転がっていく。

「そこまでするかよっ!」

 渚がトリガーを引くと、もう弾は切れていた。

「やっべ!」

 渚はその場を離れ、束沙が追いかける。

「これじゃっ、鬼ごっこ、じゃねぇかっ!」

 家をうまく使いながら逃げ回るが、束沙は追うのを止めない。数分間その状況が続き、渚は足がもつれて庭に転がる。

「っ、はぁ、はぁ、……あちぃ……」

「はぁ、冷たいのは、いかが、ですか?」

 束沙がからかうように言い、渚のそばにしゃがむ。

「ほら、はやく、撃ちなよ……避けるから、さ」

「ふっ、じゃあ」

 束沙は渚の手首を握る。

「なっ!?」

「これで逃げられないね」

 満面の笑みで手のひらに銃口をつける束沙を見て、渚はもう片方の手を上に伸ばす。

「こ〜さん、こ〜さん。こりゃダメだ……ほら、押しつけて撃ってみな」

 束沙が言われた通りにすると、ビャッという音とともに水が飛び散る。

「わっ!?」

「っ、ははっ! ど〜だ? 冷てぇだろ〜!」

 渚は腹を抱えて笑い出し、束沙はニヤッと笑う。

「うわっ!? 冷てっ! わっ、ちょっ、やめろって! わるかった、俺がわるかったからぁ!」

「夕飯まで食べさせてもらって、良かったの?」

 束沙は自転車の鍵をあけながら尋ねる。渚はニッと笑って答える。

「い〜のい〜の、久しぶりにあんな身体動かせて楽しかったからさ!」

「作ったの、渚じゃないけどね」

 ちらっと舌を出して笑う。そんな渚を見て、束沙は微笑み自転車にまたがる。

「そういや、束沙のお願いって何?」

「う〜ん」

 束沙は空を見上げる。空の光が闇に呑まれていく。渚の方を見て微笑んだ。

「考えておく」

「……、おう、そうだな」

 渚は何かに驚いたように、怯えるように視線を逸らして言う。

「俺も何買ってもらうか考えとくわ」

「了解。じゃあ、また明日」

 束沙が軽く手を振り去っていく。渚も振り返し、束沙を見送った。

「……きれいな闇」

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