7月28日

「よっ! 今日は早いのな」

「朝早かった分、ね」

「昨日はマジでごめんよ〜。遅れなかったか?」

「うん、大丈夫」

「なら良かった……それ、昼か?」

 渚は束沙が持っていたビニール袋を指す。束沙は頷く。渚が少し困ったように笑って訊く。

「一緒に食わね?」

「え、渚もまだ食べてないの?」

 リビングにはラップのかかった冷やし中華が出してある。

「父さん帰ってくんの遅いから、先に食べちゃおって思ってたところ」

「偶然だね」

 渚が首を傾げると、束沙は袋を軽く上げる。

「僕が買ってきたのも冷やし中華なんだ」

 2人が半分ほど食べた頃、ドアが開く音が響いた。

「ただいま、渚」

「遅いよ~」

「お邪魔してます」

「お、束沙くんも居るのか」

 父親は冷やし中華が並べられているテーブルに、さらに紙袋を置く。渚が少し睨むように袋を見る。

「何買ってきた?」

「聞くか? 実はな、とうとう風鈴が手に入ったんだ!」

 父親が自慢気に言うのを、渚は呆れた目で眺める。

「母さんとの約束忘れたの?」

「いやいや、範囲内だから大丈夫だって」

 自信ありげに言う父親とジト目で見る渚を見比べ、束沙は説明を求める。

「父さん、和風のものが好きでよく買ってくるんだよ。そこ、ここの向かいに和室あんのも父さんの提案なんだけど。あんま買いすぎるから母さんに制限かけられてて」

「へぇ」

「なぁぁぁ……」

 昼を食べ終わった2人が部屋でワークを進めていると、野太い悲嘆の声が響いてくる。渚は少し楽しそうに言う。

「何あったんだろ。行ってみようぜ」

「始めたばかりだけど」

「い〜からい〜から」

 1階では父親が床に手をつき落ち込んでいた。テーブルの上には開けられた箱が置いてある。

「見〜せ〜て……わぁ、短冊ぼろぼろ」

「全体的に汚れて紐もちぎれそう……」

 父親が天に向かって嘆く。

「中古はやはりダメか……」

 渚は少しの間父親を見つめ、束沙に耳打ちする。

「紐と短冊は取り替えて、あとキレイにしたらいけるかな」

 束沙は数回瞬きした後、スマホを取り出して少し操作し、ひとつ頷く。

「元通りは無理だろうけど、大丈夫だと思う」

「ありがと。父さん、これもらってもいい?」

 父親は上の空な返事をするが、訊いた本人は返事を聞かずにさっさと部屋へ持って行く。

「束沙、手伝ってくれないか?」

 束沙は微笑んで答える。

「そのつもり」

 渚は笑顔で礼を言う。

「ほしいのは……紐か?」

「汚れ拭く用の布とか短冊用の紙とかはあるよね」

「短冊って厚紙の方いいか」

「あー、どうだろう……」

 相談しながらテーブルの上を片づけ、件の品を置く。

「じゃあ、ちょっくら紐と厚紙買ってくるわ。束沙は汚れ拭いててくれる?」

「了解……布は?」

「あ、う〜ん、食器拭くやつとかでいいか。取ってくるわ」

「僕も行く。使っていい水道も確認させて」

「おーけー……じゃあ」

 渚が拳を突き出し、束沙がそれに合わせる。

「風鈴直し開始!」

「ああ」

 数時間後、渚は箱の蓋を閉める。

「おつかれ、手伝ってくれてありがと!」

 渚が満面の笑みで言う。

「これで父さんも復活するっしょ」

「別に大したことはしてないよ」

 束沙は微笑み返した。

「渚の新しい一面を見れたし」

 渚はきょとんとする。

「渚が工作するの得意なんて知らなかったよ」

「得意ってわけじゃねぇよ」

 少し頬を赤らめて弁明する。

「ただ、昔から好きってだけで」

「そう言えば渚、美術部だっけ」

「まぁな、ユーレイだけど」

 箱を持ち上げ、渚は束沙に少し目を細めて笑いかける。

「父さんを驚かすぞ」

「なぁぁぁ!」

 父親は勢いよく後退り、2人を見た後、もう一度箱を覗き込む。箱には曇りのないガラスの外見と舌、そして少々丸まった短冊が、紐で繋ぎ合わせられて収まっていた。

「これを……2人が……」

「モノ自体はそこまでヒドくなかったから、いけるかな〜て」

 渚はニッと笑う。

「ど? 満足?」

「ああ! 大満足だ!」

 父親はそう叫び、嬉々として和室の戸を開ける。障子とガラス窓も開け、物干し竿の端に括り付ける。風が吹くと涼やかな音が響いた。父親は何度か頷いた後、2人へ振り返る。そして、正座をして両手をつき、深々と頭を下げる。

「本当に、感謝する」

 それを受けた渚と束沙は、顔を見合わせて笑った。

 その夜、部屋に帰った束沙のケータイが振動する。開いた画面には、渚からのメッセージと1枚の写真が表示される。

「今日はほんとにありがと!」

「束沙が帰ったあと風鈴が踊り狂ってうるさかった(笑)」

「それで母さんが邪魔って言って」

「結局2階の柵?みたいなところ」

「階段に落ちないようにするやつに」

「つけることになった」

 写真には柵に括り付けられた風鈴が、短冊に軽く傷を負ったまま静かにたたずんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る