7月26日

「ア〜〜イス食べてぇ」

 ベッドに寝転がり叫ぶ。それを聞いた束沙は渚のほうを見る。

「イス食べたい……?」

「ア〜イ〜ス〜っ!」

 ガバッと起き上がる渚に束沙は軽く体を動かす。

「どした?」

「いや、一昨日落ちてたから、それを思い出して」

「同じ過ちは繰り返さないぜ!」

 そう言ってベッドの上に立ち上がる。

「いてっ」

 天井に頭をぶつけた瞬間を見た束沙は吹き出した。

「そんな笑うなよ……」

「ごめんごめん、ふふっ……」

 一息つくと渚に微笑む。

「暑いけど、行く?」

「行こうぜ!」

「……なぁ、束沙はこれで良かったのか?」

 ためらいがちに言う渚の手には、2人で分けられるチューブ型のアイスがある。束沙は不思議そうに訊き返す。

「どうしてそんなこと訊くの?」

「だってこれ、ショコラ……」

「アイスは冷たくて甘さが緩和されるから」

 渚は半信半疑といった顔をしたが、一応納得して袋を開ける。

「ほい、公園に行きながら食べようぜ」

「そうだね」

 渚の横顔を眺めながら歩く。冷たさで甘さを感じにくいのは本当だけど、それよりも渚が食べたそうにしてたから。いつも僕なんかを気にかけてくれる渚が、僕のために我慢するのは嫌だ。

 バレンタインの日、校舎に向かう時点でいたるところから視線が向けられていた。あれがバレるようなことは何もしていない、そう自分に言い聞かせても1年前の記憶が呼び起こされる。だが、そういうことじゃなかった。

 大量の箱やら袋やらが僕に関係する場所に置かれていた。どうやら大半が僕に好きと伝えるためだと悟る。

 一応気持ちは受け取るべきだと思い、まず手紙を読んでいく。初めに取ったものを読んでいると違和感がうまれる。とりあえず目を通し次のにいくが、それも変な気持ちになる。順番に読み通すが、すべてに共通する気持ち悪さ。なんだろう、どれも僕に宛てられたものだろうが、内容が僕じゃないような、他人への想いを間違えて僕に渡してしまったような……。

「……大丈夫か?」

 渚が僕を心配している。何が引っ掛かっているのかいまいち掴めないまま答える。

「ああ、大丈夫……」

「いや、ダメだな」

「え、大丈夫だって」

 渚は僕の言葉に構わずクラスメイトに尋ねる。

「なぁ、……保健室ってどこだっけ?」

「誰か、てうぉ、顔白いぞ、束沙」

 そんなに具合が悪そうな顔を、僕はしているんだ……。

「ほら束沙、行くぞ」

「え、いや」

 渚に引っ張られて保健室に行くと、先生は居なかったが部屋は開いていた。

「誰もいねぇか……束沙、寝てて」

 僕が返事をする前に、渚は走っていく。僕がベッドに座っていると、渚と先生が来た。

「束沙、大丈夫……じゃないか?」

「何その聞き方」

 つい笑う。渚のおかげで気持ち悪さが軽くなった。

 1時間目は休むことになり、ひとまず寝ることにした。だが、過去から逃れられず嫌な汗をかいて目を覚ました。結局、授業を受けていた方が余計なことを考えなくて済む。

 朝に誘われた通り、とりあえず渚の家に行った。渚に心配されたが、途中で止めるのも申し訳ない気がして手紙だけは読もうと目を動かす。だが、どの手紙も似通ったように見える。僕じゃない誰かのことを書いているような……あぁ、そうか。みんなから見た『僕』は僕じゃないんだ。そう納得したら、心の重荷が少し増えるだけで済んだ。

「……あとは、ないかな」

「おつかれ」

 渚がベッドから起き上がる。

「で、誰かと付き合うのか?」

「……いや」

 『僕』を見て付き合うなんて、僕にはムリだ。

「ま、い〜んじゃね? 束沙が嫌ならさ」

 渚の言葉はどちらに向けてなのだろうか……でも、僕を見られているような感じもするのが、そしてそれがそこまで嫌に思わないのが、不思議なところだ。

「チョコは食うのか?」

「ああ、まぁ、そのつもり」

 さっさと視界から消したいが、せっかく作ってくれたものを無下にするのも気が引ける。

「ここで食べてもいいかな?」

「お〜、いいぞ」

 渚といるときなら、気分も悪くなりにくいかな、と思いながら食べ始める。甘さが口の中に広がる。おいしい、とは思うが、パッケージが目に入って手紙を思い出してしまう。思い出さないようにしようとするほど頭から離れない。終いには過去のことさえ想起されてくる。

「おい、ムリするなよ……」

「うん……」

 残すのは勿体ないという思いだけで咀嚼する。甘さがまとわりつくように残る。

「んっ……」

「あ、おい……!」

 なんとか飲み込んだが、咳き込んでしまう。水ほしい……。

「ん、水か。ほら」

 こびりつく甘さを流し込む。はやく、このジゴクから抜け出したい。

「まだ、残ってるのか」

 残りを食べてしまおうと伸ばした手を取られる。

「なぁ、別に今日食べなくてもいいんだぜ?」

 渚の顔が目の前にある。また、心配させてしまった。渚はすぐに放置されていた紙袋に余ったお菓子を入れてくれた。心配だからと、家まで送ってもくれた。

 アパートに着いて一人になる。ベッドに倒れ込むと、眠ることはできたがやはりすぐに起きてしまう。

「うっ……」

 トイレに駆け込み詰め込んだものを吐き出すが、気持ち悪さは消えない。

「どうしろって言うんだよ……」

 紙袋の中にはリボンが巻かれていたりメッセージカードが付いていたりするお菓子が残っている……包装を見るから余計気持ち悪いのか? そう思って剥ぎ取っていき夜が過ぎていった。でも、結局2日経っても受けつけない。

「ごめん、渚、食べてもらってもいい?」

 だから、渚にあげた。家に置いておくのも嫌だった。渚は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔で応えてくれた。

「謝らなくていいって、俺甘いの好きだし!」

 その場でパクパク食べる渚に、少し癒される。

「たぶんもう、甘いの食べれないかも……」

 渚はゴクンと飲み込んでから言う。

「おう、じゃあ」

 僕を照らす笑顔で。

「束沙への甘いのは、俺が全部もらうよ! 代わりに俺が苦手なの、食ってくれないか……?」

 最後の方はお願いのように言われ、かわいいと思ってしまう。自然と笑顔になった。

「うん、いいよ」

「おーい」

 渚に呼ばれ、束沙は顔を上げる。

「溶けてるけど……まだいけそ?」

 渚はすでに空になった容器を握っている。

「飲めるから、まあ」

 束沙が容器を傾けるのを、渚はじっと見つめている。

「……飲む?」

「いいのっ!?」

 飛びつくように言う渚に、束沙は微笑んで頷く。

「まだお金払ってないし」

「い~よ、払わなくて。俺に合わせてくれたんだろ?」

 渚は残っていたものを飲み干す。

「……ふぃ~、おいしかった~。ありがとっ!」

 束沙は渚の様子を眺めている。渚がそれを見て首を傾げると、つぶやくように言った。

「間接キス成立……」

「え……なんて?」

「……何でもない」

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