7月25日
「よっ、バイトおつかれ」
「ありがとう、お邪魔します」
日中一番気温が高い時間帯に、束沙は渚の家に入る。
「外暑くね?」
「確か40℃近いはず」
「まだ越えてはないのか〜」
他愛もない会話をしながら階段を上がる。
「ちょっと渚〜」
渚は返事をした後、束沙に「先行ってて」と言いつつ母親のもとに向かう。束沙は少しの間その後ろ姿を眺めると、階段を上がっていった。
「束沙、野菜ジュース飲む?」
渚がおぼんを抱えて部屋に入ると、束沙はベッドの上に座っていた。
「野菜ジュースか……じゃあ、飲む」
ベッドから降りて昨日と同じ位置に腰を下ろす。渚は束沙に向かい合って座った。
「ごめんな、ウチにジュース系しかなくて」
「いや、僕が来たくて来ちゃってるんだから、気にしないで」
束沙がコップを傾け「ちょっと甘いかもな」と少しだけ嫌そうに言う。
束沙はなんで甘いもの苦手になったんだろう? 確か去年の夏は飲んでたよな……。
「ばっれんったい〜ん!」
「……どうした?」
怪訝そうな顔をされる。あいさつの代わりに……はそりゃなんねぇか!
「今日はチョコもらえるんだぞ!」
「そういう認識でいいのか……?」
束沙は困ったように微笑む。雪が舞っているが積もっていないしそこまで寒いわけでもない。さっさと行くぞ、と言って自転車に乗る。
「帰りにウチ寄ってく?」
「じゃあ行く。でも、急にどうした?」
「母さんがチョコカップケーキ焼くらしいから、つまみ食いしね?」
「普通にもらえないの?」
少し笑いながら訊かれる。普通に、もらう……。
「あ、だからいつもくれないのか!」
「バカじゃん」
めっちゃ笑われるんだけど……。
自転車を停めて玄関に向かう時点で、おかしかった。というのも、いろんなところから視線を感じたのだ。
「みんな束沙のこと見てる?」
「……」
「束沙?」
顔を見ると少し青ざめている。少し迷ったけど。
「ていっ!」
「うわっ、何! 何!?」
頬をつついてみたら、想像以上に慌てている。
「ごめんごめん、なんか返事しないな〜って。どこか具合でも悪い?」
束沙は一瞬硬直し、それから視線をそらし、何か言おうと口を開けて、でもすぐ閉じて、頭を振って微笑んだ。
「なんでもないよ」
苦しそうだけど、踏み込めない。束沙の言葉を信じて「そっか」とだけ返した。
「……多くね?」
「多いね……」
下駄箱にも入っていたが、机の中にも詰まっていて、入らなかったものは机の上にある。
「全部本命……ではなさそうだね」
束沙はホッと息を吐く。
「俺のと見比べて言うんじゃねぇ! 悲しくなるだろ!?」
確かに俺のは全部義理だけどさ!
束沙はぐしゃぐしゃになった紙袋も丁寧に広げ、手紙だけを先に読んでいく。授業始まるまでに全部読み終わるとは思えねぇけどと思うが、束沙なりの配慮だろうから邪魔はしない。だが、読んだ手紙が積み重なっていくにつれて束沙の顔は青白く険しくなっていく。
「……大丈夫か?」
束沙がこちらを見る。目に光がないように見える。
「ああ、大丈夫……」
「いや、ダメだな」
束沙は驚いて否定するが、見た目が大丈夫じゃねぇから無視する。隣にいたやつに声を掛ける。
「なぁ、……保健室ってどこだっけ?」
「誰か、てうぉ、顔白いぞ、束沙。ていうか渚は保健室の場所知らねぇのかよ」
「だって行ったことねぇんだもん。それよりはやく」
「1階の校庭側にプレートかかってるはずだぞ」
「おけ、ありがと。ほら束沙、行くぞ」
「え、いや」
むりやり立たせて引っ張る。歩けてはいるからまだマシだろうが。
結局束沙は1時間目まで休んだ後授業に戻ってきた。プレゼントはとりあえずロッカーに詰めておく。学校が終わった後、束沙の自転車カゴにチョコを山にし、落とさないようにウチに来る。
「ただいま〜」
「お邪魔します」
「おかえり〜、束沙くんもいらっしゃい……て、こんなに抱えてどうしたの?」
束沙のだと説明すると納得といった顔になった。解せぬ……。
リビングのテーブルは使っているらしいから俺の部屋にすべて持っていく。意外と重労働だった。
「ふぅ〜。……まだ手紙読むのか?」
束沙はひとつ頷き残り半分ほどを読んでいく。俺は何もすることがないので、その動作を眺める。
「いや、宿題しなよ」
「めんどくさ〜」
それに、体調悪くなってそうだったら止めさせねぇと。そう自分に言い訳してぼーっとする。
「……あとは、ないかな」
「おつかれ」
少し顔色が悪いが、朝ほどにはならなかったらしい。
「で、誰かと付き合うのか?」
「……いや」
うわぁ、ほんとに嫌そうな顔。まぁ人それぞれだしな。
「ま、い〜んじゃね? 束沙が嫌ならさ」
少し困ったような顔で微笑む。いつも微笑んでんな、コイツ。
「チョコは食うのか?」
「ああ、まぁ、そのつもり」
あまり気乗りしなさそうだ。
「ここで食べてもいいかな?」
「お〜、いいぞ」
別に俺の分のチョコもあるし〜、足りなかったら母さんのカップケーキもらうし〜、とか思っていると、束沙は早速食べ始める。最初は味わって食べていたように見えたが、徐々に顔を顰めていく。
「おい、ムリするなよ……」
「うん……」
嫌という感情を押し殺して機械のように消費しているように見える。
「んっ……」
「あ、おい……!」
束沙はムリヤリ飲み込んで咳き込む。背中を擦ると束沙はリュックに手を伸ばす。
「ん、水か。ほら」
渡すと流し込むように飲み、息をつく。
「まだ、残ってるのか」
伸ばした束沙の手を遮る。
「なぁ、別に今日食べなくてもいいんだぜ?」
「え、あ……」
「今日は束沙、体調悪かったみたいだし、明日とか数日置いてからでもチョコは腐らないだろ」
チョコとは限らないけど、賞味期限がすぐ切れるようなもの、相手に渡す人なんてそうそういないだろ。
「ほら、今日はもう帰りなよ、送ってくからさ」
「…………ありがとう」
結局、数日経っても甘いのは受けつけなくて、俺が食べたんだっけか。
「渚、手、止まってるよ」
「……ん、ありゃ。ごめんごめん」
渚は問題に目を落とす。
「……?」
少しして頭をひねった。その仕種を見た束沙は息を吐くように笑い、身を乗り出して言う。
「どこがわからないの?」
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