第2話 ライバル

斎藤 投流と 悪童 ガクトの因縁

それを語るには 斎藤 投流の兄、斎藤 打込の話を語らなければならない

これは5年前の話である----




夏の陽射しがグラウンドを焼き、土の匂いが鼻をくすぐる青空の下、中学1年である、斎藤 打込は、野球の名門中学である秀麗中等学校野球部のの部内練習試合に挑んでいた

スコアボードには9回裏、2対1で斎藤 打ち込み率いるAチームがややリードを守り

監督が選手達に声を張り上げ、仲間たちの笑顔と緊張がマウンドに満ち溢れていた


マウンドに立っているのは、秀麗中等学校の不動のエース、斎藤 打込

斎藤 投流の実の兄である


斎藤 打込は100年に一度の逸材と呼ばれ中学野球界において最強の投手として 野球界から注目されていた


まさに奇跡の投手だった、身長185cmの恵まれた体格から繰り出される最速155km/hの剛速球は、抜群のキレと精密なコントロールを兼ね備え

甲子園に出場経験もある高校生打者をも圧倒した、変化球もスライダー、カーブ、チェンジアップ、フォークと多彩で、その全てが完璧に近いレベルで習得されており

プロのスカウトでさえも「中学生でありながらプロでも通用しうる完成された奇跡の中学生投手」と舌を巻く



投げる技術だけにあらず、冷静沈着なマウンドさばきと、全選手の息遣いさえも掌握して試合をコントロールしているかのような野球IQの高さは

すでに中学生離れをした大物の風格を漂わせていた


斎藤 打込の投球は、観る者の心を掴み、未来の野球史にその名を永遠に刻みこまれるだろう・・・そう思われていた



「ストライク!バッターアウト!!」審判の声が響く

秀麗中等学校野球部のBチームの3番打者がバットを振るも空を切る


スタンドから「うーん、斎藤打込 やはりいいですねぇ!!」とプロのスカウトマンの声


「そうでしょうとも、親馬鹿?になるかもしれませんが 斎藤打込は私の育てた選手の中でも最高傑作だと思っています」

秀麗中等学校野球部の監督もにやりと笑って答える


しかしですね・・・とプロのスカウトマンは声を潜めて監督に耳打ちする

「流石の 斎藤打込と言えども 次のバッターは、そう簡単に三球三振に・・・とはいかないんじゃないんですかねぇ?」


一人の選手がバッターボックスに立った

先程までなごやかに包まれていた練習試合のマウンドが、氷のように冷たい静寂の場へと変わる


その打者の雰囲気は明らかに他の選手とは一線を画す別格のオーラを漂わせていた

眼光は、獰猛な野犬のように鋭く、身長は中学生では異例の身長200cm・・・それだけでも圧巻ではあるのだが

彼の真骨頂は、その恵まれた体躯だけにあらず 驚異的な動体視力と反射神経、機械のように精密なスイング

そしてプロのスカウトマンの間では「雷光」と呼ばれている プロのレベルでも滅多にいないスイングスピードを持つ打者だった


5年前、野球の神に選ばれた二人の人間がいた


一人は 投の神に選ばれた 斎藤 打込

一人は 打の神に選ばれた 悪童 ガクト


二人はかつて野球の名門である秀麗中等学校野球部のチームメイトであると同時にお互いに競い高めあうライバルであったのだ

 


秀麗中等学校野球部で月1回行われている、この練習試合は恒例のメインイベントと化していた

「注目の対戦カードが来ましたね、最強投手である 斎藤打込と悪童ガクト、果たして今回はどちらが勝つのか」

「投手と打者の違いがあるから一概に二人の実力はどちらが上?とは言えませんが、今のとこ戦績はほぼ互角というところですからな」


斎藤打込が悪童ガクトに声をかける

「前の打席では打たれちまったけど、今回は抑えさせてもらうぜガクト」

「・・・」


対する悪童ガクトは無言のスイングで打込の声に答える

本人は何気ない素振りのつもりだろう、しかし投手の打込は、その素振りを見て背筋が凍り付くような戦慄を覚える


眼光は猛獣の如く鋭く、虚空に浮かぶ幻のボールを睨み付ける、全身の筋肉が唸りを上げ、血管が脈打ちバットを振り上げた瞬間、空気が爆裂し雷鳴が轟くような音がマウンドに鳴り響く

肩、腰、腕、体全体の動作に一切の無駄がなく全身の力を一気に解放

悪童ガクトの持つバットは稲妻の如く弧を描き大気を震わせる


そのスイングを見ただけで、投手の打込はボールが粉砕されるイメージが脳裏で炸裂し、打者のスイング練習をスイングを一瞥しただけであるにも関わらず汗は滝のように流れ

息は荒々くなり動悸が収まらなくなる


まさに言葉通り「全身全霊」を、その悪童ガクトという打者は ただバットの一振りと言う動作で体現していた


やがて素振りを終えた悪童ガクトは、斎藤打込を猛獣のように鋭い目で一瞥し声を発した


「・・・来い・・・」




その声は地獄の底に住まう鬼のような幽鬼を発していた


練習試合のマウンドに、静寂が漂う

チームメイト達のざわめきも止まり、その場の全員の視線がマウンドに集まる

投手、斎藤打込は、帽子を軽く引き下げ、汗と土にまみれた顔を隠すように目を細める

ロージンを手に擦り込み、白い粉が太陽の光を反射してきらめく


彼の指先は、ボールの赤い縫い目を愛おしむように撫で、まるで共に戦う相棒と語らうようにその感触を確かめる

そして意を決し、対面する悪童ガクトに声を発する


「・・・行くぜ・・・」

投手の背筋が伸び、右足が土を軽く蹴る

風が一瞬、彼のユニフォームを揺らし、背番号「32」が太陽の光を浴びて浮かび上がる


その瞬間、斎藤打込は世界と一瞬乖離し、宇宙を収縮させたかのような集中に入る

彼の脳内世界は、手のひらに収まるちっぽけなボール、そしてホームプレートだけに絞られる


斎藤打込は深く息を吸い、胸の奥で燃える闘志を静かに整える、左足が一歩踏み出し、身体がゆっくりと後ろに傾く


時間は時が止まるかのように遅くなり、マウンドにいる全ての人間の心臓の鼓動音すら聞こえるかのようだ


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次の瞬間、まるで解き放たれた獣のように、彼の体が爆発的に動き出す

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右腕が鞭のようにしなり、肩、肘、指先、体全体を弓のようにしならせ、一つの流れるような弧を描く

ボールは彼の手を離れ、空気を切り裂き、鋭い唸りを上げてキャッチャーのミットへと一直線に突き進む


その一投は、ただの球ではない、彼の野球人生、情熱、執念、幾千もの練習の記憶が凝縮された一瞬の芸術作品


ボールは白い閃光となり、バッターの目には届かぬ速さでミットに吸い込まれる


と思われた


悪童ガクトは、斎藤打込の野球人生そのものを体現したと言っても過言ではない芸術作品を、その一打で軽々と打ち壊す


鋭い金属音が試合場に轟き、ボールは天空高く舞い上がる!ファールラインを越え、遥か彼方へとボールがはじき返される!

チームメイトのどよめきが空気を震わせ、打込の心へと伝播し震える


そのの一振りは、まさしく魂の咆哮、悪童ガクトはファールボールには一瞥もせず

ただ黙々と次のバッティング動作に入る、その動作は言葉に出さずともこう発しているように見えた

(次の球で叩き潰す、さっさと次を投げろ)と


その動作が斎藤打込の野球魂に火をつける

(ガクトのやつ・・・余裕の表情かよ、舐めやがって、単なる速球じゃ、もう通用しないか・・・なら おまえ対策に密かに練習した秘密兵器を使ってやる)


一般的に野球における打撃で重要な事がある


一つはバットと球の軌道を正確に合わせる事

二つ目に体重の移動、後ろ足から前足へスムーズに体重を移動させ、力を効率的にバットに伝えること

三つ目に選球眼、ストライクゾーンを正確に把握し、打ちやすい球を見極めること


他にも「状況判断」「その時のメンタル」「練習を反復して積み重ねることでフォームを固める事」

など場野球における打撃とは、心と心の駆け引きや様々なことに影響される


しかし、なによりも重要なのはタイミングと選球眼である


ピッチャーの投球動作に合わせてステップのタイミングを調整し、速すぎもしないし遅すぎもしないリズムを保ち

ピッチャーの動きとバッターの動きを連動させる、ピッチャーの球を放る瞬間を見極め、そのボールを手放したタイミングで

ボールのおおよその軌道をバッターは予測する






悪童ガクトの異常なまでの打撃センスはそこに秘密がある

こちらの筋肉の動きを見透かしたかのようにタイミングを精密機械のようにぴたりと合わせる常人離れした動体視力


どのような剛速球や変化球を投げたとしてもその変化や軌道をギリギリ寸前までボールを引きつけ見極め

常人離れした雷光を切り裂くようなスイングスピードが着実にピッチャーの投げたボールを100%に近い精度で捕獲する


悪童ガクトは、まさしく野球界における怪物と言って差し支えない異端の身体能力を持つ打者だった



だが悪童ガクトと対をなす、斎藤打込も、また野球界に舞い降りた異端の天才だった


(食らえッ!!ガクト、お前の動体視力、スイングスピードを逆手に利用して打ち取るために生み出した魔球だッ!! )


斎藤打込は心の中でガクトに向かって吠えると投球動作に入る、指先に全神経を集中させ、秘策を込めた第二球をキャッチャーのミット目掛けて放り投げる


悪童ガクトは、最大のライバルを目の前にしながら大きく落胆する

(ふっ、また馬鹿の一つ覚えのストレートか)

悪童ガクトは指先の握り、腕を振る軌道、踏み込んだ足の所作から 斎藤打込の投げる球種を先読みする


だが悪童ガクトは慢心していた、ストレートだと読み込めたのではなく、ストレートだと読み込まされてしまったということに

悪童ガクトは斎藤打込の仕掛けた術中に打撃動作に入る前から嵌ってしまっていたのだった



斎藤打込の放ったボールは時速152kmを記録していた中学野球の世界においては139kmの球が投げられれば、どこのチームに属してもまずエースと呼ばれる

その例に習うとするなら中学生の時点で、その平均を大幅に上回る 斎藤打込という投手が野球界においていかに異端な存在かお分かりになると思う


まず普通の中学生打者では斎藤打込の剛速球にタイミングを合わせることなど不可能であると言える


だが、相対する打者も、また異端のレベルの打者である 悪童ガクトの目には例え150kmを上回る球でさえも どのタイミングでホームベースを追加するかを

スピードメーターのように正確に把握していた


(このタイミングだッ!!もらった!!)

悪童ガクトのバットは、その瞬間 稲妻をも切り裂く神剣と化しホームベース上を今まさに通過しようとせん 斎藤打込の投球を真っ二つに切り裂かんとしていた

悪童ガクト全神経、全細胞、全血液を眼球に集中し 悪童ガクトだけのスローモーションで流れる時を支配した世界へとダイブする


(おまえの投げた球は、すでに俺の構築した時がスローモーションに流れる世界によってすでに支配下にある どんな変化球、どんな速球を投げても無駄なんだよ

俺に打てない球なんか この世にない どの投手の投げる球も俺の作り出す時間を制した世界からは逃れることはできない)


悪童ガクトは悠々とした動作で打撃フォームに入り、投手を一撃で沈める為の、最も最適な軌道、最適のタイミングを選択し バットを一閃させる

悪童ガクトの稲妻のごときスイングは 斎藤打込の球を一刀両断の元に叩き斬り、ボールは天高く中を舞い 場外へとはじき返し

斎藤打込に決定的な敗北を与える


・・・はずだった


バットを振り切った瞬間に悪童ガクトに違和感が走る

(ボールを打てた・・・感触がない・・・?)

そんな馬鹿なはずがないと悪童ガクトは状況を再確認する


(俺は完璧な軌道、完璧なタイミングで斎藤打込の球を打ち抜いたはず・・・)

悪童ガクトは驚愕する

(これはどういうことだ・・・?)


悪童ガクトが支配権を行使する、時が止まったかのような世界はまだ続いていた

だが、時が止まったかのような世界の中で 斎藤打込の投げた投球は「時が止まっていた」 


悪童ガクトのスローモーションの世界の中で、いままさに悪童ガクトの打撃と斎藤打込の投球が衝突する刹那

斎藤打込の投げた 球は「空中でピタリと制止した」


(どうだ驚いただろう、ガクト これが、おまえの驚異的な動体視力を逆手に取るからこそ投げられる 時を止める魔球だ)

斎藤打込は悪童ガクトに向かい不敵に笑いかけ


時は再び動き出した


「ストライーーーーーーーーーーーーック」審判の声が練習場に響き渡り

チームメイトは驚きの喚声をあげる

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