第3話 決着

「なんだよ、打込の投げた、あの球 一瞬だけど空中でピタリと停止しなかったか?」

「ああ、ほんの少しだけど止まった気がした なんなんだあの球?あんなの見たことないぞ」


チームメイトが困惑と称賛を讃える空気の中


ただ一人 悪童ガクトだけは、先ほど斎藤打込が投げた魔球の正体に気が付いていた


「これは・・・チェンジアップか?」


チェンジアップとは打者のタイミングをずらす目的で投げる変化球のことである

途中までストレート(速球)と同じ速さで来る球に見せかけて事実は10km~20km遅い球であるがために「途中で失速したかのように錯覚」を起こさせる球だ

ストレート(速球)と同じ腕の振りや投球フォームで投げられるために投げられる前に見分けをつけることは不可能でストレートだと読み違えた打者が空振りしたり、打ち損じたりする

ストレートと併用して投げ分けをすることにより効果を発揮する球種である


チェンジアップの有名な使い手として挙げられるのはMLBのペドロ・マルティネス選手だろう、彼のチェンジアップは、ストレートと見分けがつかない速度で打者に迫り

「途中で止まった」ような錯覚を与えたとさえ言われているという


加えてここに悪童ガクトの異常なまでのレベルの動体視力が上乗せされるとどうなるか?

並みの動体視力を持つ他のメンバーでも「止まったかのように見える」球は 悪童ガクトの動体視力に重なってしまった瞬間「完全に止まる魔球」と化す


まさに悪童ガクトの動体視力の凄まじさを逆手に取った、斎藤打込の奇手であった


チェンジアップは、力ではなく知略で勝負する球種だ

投げる瞬間の微妙な力の抜き方、ストレートと寸分違わぬフォーム、その全てが打者を幻惑する

だが、この球種を的確操るには、投手自身の修練が必要だ

コントロールを誤れば、ただのスローボールとなり、打者の格好の餌食となる

まさに、チェンジアップは投手の度胸と練習量を映す鏡、その一球に、策略と技術の全てが宿る


先程、斎藤打込が投げたチェンジアップは、ただのチェンジアップにあらず 修練によって 別次元の変化球へと進化させた魔球であった



悪童ガクトは舌打ちする

(思えば一球目がストレートだったのは、この二球目のチェンジアップを効果的に使い空振りを誘うための撒餌だったのだ

俺は一球目のストレートで強打させる方向に誘導されていた・・・悔しいが、俺は完全に奴の作戦に乗せられていたんだ)


悪童ガクトも認めざるを得なかった、この二球の攻防に置いてに関しては 斎藤打込が野球選手として自分より1枚も2枚も上を行っていたという事実を


悪童ガクトは即座に考えを切り替える

(次で打てばいいだけだ、まだ負けたわけではない、次で打てば・・・だが、次に来る球はなんだ?ストレートか?またチェンジアップか?それとも・・・)


ストレートを狙えばチェンジアップに対抗できず

チェンジアップを狙えば、剛速球の弓矢でど真ん中を打ち抜かれる


ストレート・・・チェンジアップ・・・・ストレート・・・・チェンジアップストレートストレートチェンジアップチェンジ・・・・


悪童ガクトの心にチェンジアップと言う疑惑の種を一粒植えるだけ・・・それだけで斎藤打込は悪童ガクトを無限の迷宮へと誘いこむ


斎藤打込のチェンジアップはまさに秘められた暗器だった

マウンドに立つ投手が、ストレートと同じ鋭い腕の振りで解き放つ瞬間、打者はその速球を予感する

だが、ボールはまるで時を操るかのごとく、空中でふっと息を潜め、遅れて漂うようにキャッチャーミットへと吸い込まれる

打者のバットは空を切り、タイミングを狂わされたその目は、まるで幻を見たかのように揺らぐ


速球が打者と真っ向勝負を仕掛ける誠実であると例えるなら チェンジアップは欺瞞


いつの間にか静かに背後に忍び寄り奇襲によって打ち取る投手に置ける暗殺の妙技


悪童ガクトが斎藤打込の策略によって思考の牢獄に閉じ込められていた、その時だった


斎藤打込は宣言する

「悩まなくていいぜ、ガクト 次の俺はストレート(速球)で行く」


その斎藤打込の予告ストレート宣言は対戦相手の悪童ガクトの心を揺らす

その言葉の意味が練習場の空気を伝播した時、チームメイトも監督も見学に来ていたプロのスカウトマンも驚愕する


悪童ガクトはその動体視力と人間の限界速度を上回るスイングスピードによりストレートという球種に異常なまでに強い

それであるにも関わらず 斎藤打込が悪童ガクトを抑えられている理由は変化球などを織り交ぜ 悪童ガクトを翻弄できているからだ


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言いかたは悪いかもしれないが、真っ向勝負の投手戦では悪童ガクトに勝てたことはなく、半ば悪童ガクトの裏を取り、騙し討ちのような形でしか

三振を取れたり、打ち損じを誘発させている

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その事実をなにより一番、理解できているのは 当の斎藤打込 本人ではないか?

そうその場にいる誰もが認識していただけに動揺が大きかった


「おまえが、なにを言いたいのか もちろんわかってるぜガクト!! だけど、なんでかな?自分でもよくわからないんだが 次の一球は俺の野球人生でも

最高のストレートが投げられるような気がするんだ」


斎藤打込は足を高く上げ投球フォームに入る

悪童ガクトは、その動作を見てバットを上段に構える


悪童ガクトは考える

(ハッタリか?ストレートを投げると予告して、チェンジアップを投げ、また空振りを狙っている?)

しかし悪童ガクトは誰よりも斎藤打込の思考の仕方を把握していた

(いや、奴は そういう手を誰よりも嫌う男だ、あいつがストレートで行くというなら本当にストレートを投げるはず・・・だが・・・)

斎藤打込の手から、今まさに球が放たれようとしている

(どうやって俺をストレートで抑えるつもりだ?)


その斎藤打込から渾身の一球が、解き放たれる、


それはまさに斉藤打込の意志が生み出した雷鳴だった、

斉藤打込の腕から解き放たれた剛速球、龍の咆哮を彷彿とさせる轟音とともに、大気を切り裂き、空間を歪める猛進する

毎分2900回転の驚異的なバックスピンは、ボールを昇竜のごとき浮き上がらせ、悪童ガクトの超人的な時を減速させる動体視力(世界)さえも

粉々に粉砕し 刹那の合い間に悠々とホームベースを通過し、キャッチャーミットへ突き刺さるその軌跡は、まるで時を切り裂く光の矢であった


練習場は震撼し、空気を揺るがす大歓声が巻き起こる

「なんだ!!今の本当にストレートかよ?」

「あんな速えストレート見たことねーぞ」

チームメイトが狂喜乱舞の声を上げる中、プロのスカウトマンが驚愕の声を上げる


「おいおい・・・流石にこれは・・・計器の計測ミス・・・だろ?」

プロのスカウトマンが手に持っていたスピードメーターは先ほどの斎藤打込が投げた球を「178km」と計測していた


計算方法によると仮に投手が150kmの球を投げてキャッチャーミットに到達するまでの時間は およそ0.4秒とされている

野球の選手はその刹那の時間の攻防と駆け引きの中で戦っている

だが178kmという球は、人間の動体視力の限界を軽く上回り、悪童ガクトの時を減速させるかのような動体視力さえも

真っ向勝負でねじ伏せる もはやストレートと言う球種でも言い表せない魔球


まさに前代未聞の剛速球だった


悪童ガクトは、バットを振る事すらできず ただただ茫然と立ちすくみ

キャッチャーミットに収まったボールを眺めていた


打者の才能に恵まれた天才である悪童ガクトにとって初めての経験と屈辱だった

バットを振る事すら出来なかったという事実



こうして秀麗中等学校野球部の長きに残る伝説の語り草となった 練習試合は幕を閉じたのであった

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滅茶苦茶すごい神に選ばれた最強投手が甲子園を無双する話 @yakiniku1111111

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