第41話 嫌な予感
グランシーヌ第四騎士団長エリー・グレイシアの反乱。現役の騎士団長の反乱は多くの混乱を起こす可能性がある為、箝口令がひかれた。情報が伝えられたのは各団の副団長までとなった。
「団長……なぜ」
嫌な予感が当たった。サラマンダーの任務を終えてからの団長はどこかおかしかった。ある人から恩を受けたと言っていたが、一体 誰なのだろうか。今回の件はきっとその人物が関わっているのだろうが見当もつかない。詰所の部屋で頭を抱えていると、部屋をノッ クする音が聞こえた。
「入れ」
扉を開け入ってきたのは金髪の若い男だった。
「よう、久しぶりだな」
「コランか。何の用だ」
コラン・エンバース。第三騎士副団長であり、リアーナの幼馴染である。
「何の用だ、じゃないだろう。おたくの団長の件で聞きたいことがあるそうだ。明日城へ来いとのお達しだ」
「そうか」
「そうかってお前まさかこの件に関わっているわけではないよな」
「知っていたら何が何でも止めていたさ」
コランはホッとした表情を見せ、
「しかしエリー団長があんなことをするなんてな。この国の英雄にいきなり切りかかるとは何を考えているんだか」
そう言うと、リアーナは激しく机を叩きつけ立ち上がる。
「エリー団長が自らの意思で反逆など行うわけがない。きっと何か訳があるはずだ」
その迫力に一瞬ロランもたじろぐ。
「とにかく伝えたからな。必ず来いよ。でないとお前まで疑われてしまうぞ」
そう言い残し、リアーナを指差しながら部屋を出て行った。それを見届けると、椅子に深く腰を下ろし天井を見上げた。
「団長……」
翌日、リアーナは一人で城を訪れていた。城へ入るなりクラークが応接室へと案内し、中ではロリックが待っていた。隣にはコランもいた。部屋の中は緊張感で包まれるが、それを壊すようにロリックは笑みを浮かべ、
「よく来てくれた、リアーナ副団長。とりあえず座ってくれ」
そう促されると、リアーナはロリックと向かい合わせに座る。
「ロリック団長、エリー団長は今どこに?」
「今は城の地下牢に幽閉されている。言っておくが面会謝絶だ。今日呼んだのはエリーがお前には何か話してはないかと思ってな」
リアーナは昨日エリーと話したことを思い出す。
「確か前回の任務である人に恩を受けたと。その恩を返したいと言っていました。あれは何かを覚悟した目でした。私は嫌な予感がしながらも止められなかった」
話を聞いたロリックはしばし考えこみ、
「前回の任務……確かにあれは第四騎士団だけでは厳しい任務だと思っていたが、達成できたのは誰かの助けがあってのことか。その誰かの望みがクラウス様の殺害なのか?」
「いえ、それは分かりません。しかし、エリー団長が自ら反逆など行うことはないと思います」
リアーナは身を乗り出し、ロリックに訴えかける。
「しかし俺が見たのは血の滴る剣を持つエリーと傷を受けて倒れたクラウス様だ。理由がなんであれエリーが切りつけたのは間違いない」
「くっ……エリー団長はこれからどうなるのですか?」
「クラウス様が今の地位にについて、反逆は即刻死刑と変わった。裁判なども行われない。恐らく二〜三日以内に行われるだろう」
リアーナは目つきが変わり立ち上がる。拳が力いっぱい握られている。
「リアーナ、どこへ行く気だ」
コランが扉の前に立つ。
「決まっているだろう。団長を助ける」
「バカ野郎。そんなことできるわけがないだろう。仮に上手く行ってもお前も犯罪者だ」
「構わない。コラン、そこをどけ。どかないのなら力ずくで通る。お前だってエリーが死ぬなんて嫌だろう!」
「当たり前だ! 今の俺達があるのはあいつのおかげだ」
エリー、リアーナ、コランが初めて言葉を交わしたのは初等学校時代まで遡る。リアーナとコランは小さいときからの幼馴染で、よく行動を共にしていた。ある日二人はリアーナの母親へ誕生日プレゼントの花束をつくろうと森を探索していたが、夢中になり過ぎ魔物がでる地帯 に足を踏み入れてしまっていた。やがて茂みの奥から姿を表したのは、一匹のアイアンウルフだった。大きさは普通の狼とさほど変わらないが、その体は堅い鉱石で覆われている。討伐ランクはEだが、子供に何とかできる相手ではなかった。リアーナとコランはアイアンウルフの存在に気づいたが、二人は 怯えてその場にしゃがみ込み震えるだけで何もできずにいた。襲ってくる魔物に二人は目を瞑ったが、聞こえてきたのは、ギャンとい う魔物の鳴き声だった。リアーナが恐る恐る目を開けると、前には自分と変わらない体格の女の子が短剣を片手に持っていた。
「あ、あ、あなたは……」
上手く言葉の出てこないリアーナにその少女は微笑み、
「逃げるよ。仲間を連れてきたら面倒だし」
そう言って、少女は未だに恐怖で震えるコランを無理やり起こし、二人の手を引いてその場から逃げた。リアーナは前を走る少女にひどく憧れた。美しくなびく金色の髪、ときより振り返り見せる笑顔、そして何よりもあの強さ。それからその少女、エリー・グレイシアと行動を共にすることとなり、自然と騎士団の副団長まで上り詰める事となった。エリー・グレイシア はリアーナにとって、憧れの存在、いや、信仰すべき神といっても 過言ではない程となっていた。
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