第38話 グランシーヌへ出発です
「クックちゃん、久しぶりね」
声をかけるディーネをちらりと見ると、プイッと顔をそらす。クックはいつもアレンと一緒にいるディーネを羨ましく思っており、会えば冷たい態度をとってしまっているのである。ディーネは構わずふわふわの羽毛をなでなでしている。
「やっぱりクックちゃんの羽毛の手触りは最高ね」
クックも満更ではなさそうに気持ちよさそうにしている。アレンはいつも通りだなと思いながらも、和気あいあいしている暇はないとクックに要件を伝える。
「クック、いきなりで悪いがグランシーヌに行きたいんだ。できるだけ早く」
「主様……それは構いませんが、よいのでありますか?」
クックもアレンの過去の出来事を知っていた。だからこそグランシーヌへ行くという言葉に驚いた。ディーネをちらりと見ると、神妙な顔で頷く。
「あぁ。頼む」
理由は分からないが、ただ事でない事態が起こっているのだろうと黙ってアレンの肩を離れ、アレン達から離れて距離をとる。やがてクックの体を光が包みこみ、みるみると広がっていく。そして光が徐々に収まっていくと、そこには美しい白い翼をもつ巨大な鳥が現われた。
「主様には聞きたい事が山ほどありますが、飛びながらでもよいでしょう。早く背中に乗ってくださいませ。急げば夜の間には着くのであります」
「それは助かる」
そう言って二人はクックの背中に飛び乗り、しがみつく。
「許可していない人が乗っているのですが」
「もう、いいじゃない。今度おいしいご飯作ってあげるから」
「それなら許可するのであります。では出発進行ですぞ」
白い翼を大きく広げ、クックはグランシーヌに向けて飛び立った。
馬車の数十倍のスピードでどんどんと進んでいく。本来ならかなりの風圧が二人を襲うはずだが、クックの魔法によりアレンとディ ーネを囲むように膜が張られ二人を守っている。
「主様、こんなこと言うのもあれですが今更グランシーヌで何をするのでありますか?」
クックは普段、世界中を飛び回っているうちに様々な噂を耳にする。グランシーヌでアレンがどういう扱いを受けているかも当然知っていた。命懸けで救った国からのあり得ない仕打ちに信頼はもはや皆無だった。クックの問いに答えにくそうにしていたアレンに変わりディーネ がエリーのことを説明する。
「なるほどであります。それは急いだほうがよいですな。正直、勇者になってからのクラウスは圧政で有名でありますから」
それを聞いたディーネの顔が青ざめる。もう少し早くアレンに伝えていれば何も問題はなかったはずなのに。思わず拳を握り込む。
アレンはディーネの変化に気づくとそっと声をかける。
「ディーネ、ごめんな」
「え?」
思いがけない一言にディーネは戸惑う。
「ずっと悩んでいたんだろ。でも俺がまだ過去に縛られていることを知っているから言い出せなかったんだよな」
「……はい」
「きっと大丈夫だ。もしディーネの予感が当たっていたとしてもまだ間に合うはずだ。それにエリーも簡単にはやられないよ。なんせ団長様だからな」
アレンも不安な気持ちでいっぱいだったが、少しでもディーネを 安心させようと笑顔を見せる。ディーネもアレンが無理していることにはもちろん気づいてはいたが、その心遣いに感謝した。
「そうですよね。きっと大丈夫です」
二人は地平線をじっと見つめながらエリーの無事を祈っていた。
アレンとディーネがレクレールを立つ前日。エリーは既にグランシーヌに着いていた。エリーがいつも使っていた馬車は、一般的な 馬車の馬とは異なり魔道具を使って強化されていた。アレンとディ ーネが王都にいた二年前には実用されていなかった技術なので、予想できなかったのは仕方のない事だった。
エリーは王都へ着くなり自分の家には向かわず、直接第四騎士団の詰所へ向かった。緊急時には団員六十名が寝泊まりする場所なのでそれなりに大きな建物なのだが、第四騎士団はサラマンダーの任務で多くの人材を投入し、多くの命を失った。残った団員は二十名ほどとなっており、広さを持て余すことになっていた。
エリーは詰所に着くなり、腰を下ろすこともなく副団長のいる部 屋へ向かい、扉をノックする。
「エリーだけど、いる?」
声を出したと同時に部屋の中からガタガタと音が聞こえて、数秒で扉が開けられ、中から黒髪でショートカットの女性が出てきた。
「団長! お早いご帰宅で。休みは明日までじゃなかったですか?」
部屋から出てきたのは、グランシーヌ第四騎士団副団長リアーナ・ フェリエット。この女性はエリーと騎士団の同期であり同じ歳、十代にして副団長を任される才女であった。エリーがサラマンダーの任務に向かった際は、団長代理としてグランシーヌに残っていた。
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