第37話 新しい精霊の登場ですよ
これはディーネにとって賭けであった。ディーネにとってもアレンと離れる事など望んではいない。アレンが生きている限りアレンに尽くし続けると、とうに決めている。しかしアレンにグランシーヌへいってもらう手段はもはやこの方法しか思いつかなかった。
「理由は?」
ディーネのただならぬ気配に、アレンもちゃかすことなく話を聞く。ディーネが主従関係を解消したいと思っていないことはアレンも分かっている。アレンがもし離れるといっても、ディーネはあらゆる手段をもってそれを阻止してくるだろう。それだけの信頼関係が二人にはあった。
そんなディーネが自ら契約解消という言葉を使った。それにアレンがグランシーヌへ行きたくないことは何よりもディーネが一番知っている。それなのに行こうと言ったディーネにはそれ相応の理由があると感じていた。
アレンの問いに、ディーネは店を閉めて部屋で話しましょうと提案し、アレンはそれを了承した。ディーネは一言も発さないまま手 際良く閉店準備を始める。アレンは一人部屋に戻りテーブルに座り、ディーネを待つ。
十分もしないうちにディーネは神妙な顔のまま部屋に戻り、アレンの向かい側に座る。 すると突然ディーネは頭を下げる。
「先に謝っておきます。申し訳ございませんでした。私、エリーさ んにあの日のことを話しました」
しかしアレンも表情を変えないまま答える。
「知っているよ。いや、知っているというかお前なら言うと思っていたからな。それは別にいい。それよりもグランシーヌに行ってほしい理由は?」
アレンもある程度予測は立てていた。今更グランシーヌに行けというのはエリーに会いに行けということだろう。何かにつけてディーネはエリーとのことをからかってくる。だが、この重い雰囲気は合点がいかなかった。
「エリーさんの様子を見に行ってほしいのです。グランシーヌへ行ってエリーさんの様子を見て、無事ならそれで大丈夫です。すぐに帰ってきてもかまいません」
「無事って……ディーネは何を心配しているんだ?」
ディーネは数秒黙り込んで、再び話し始めた。
「エリーさん言っていました。クラウスに会って、アレンの汚名を晴らすと。間違ったことを正すと。もちろん私は止めました。エリ ーさんも納得してくれたと思っていましたが。最後にこの町を出るときの目……どうしても頭から離れないんです」
「なるほど……」
二人の間に沈黙が流れる。ディーネはアレンの顔を見ることができず、ずっとテーブルの木目を見ていたが、アレンが席を立ち、どこかに行こうとする音が聞こえた。 ディーネは顔を起こすと、自分の部屋に入っていくアレンが見えた。
「駄目でしたか……」
予想はしていた。グランシーヌにはエレナとの思い出が無数に存在する。それだけで辛くなってしまうのに、クラウス会うことになるかもしれない、昔の知り合いに会うかもしれない。人気者だった エレナを死なせてしまったことを叩く者もいるだろう。言い訳もせず、王都を去ったアレンには針の筵になるかもしれない。
ディーネも諦めて席を立とうとしたとき、再びアレンの部屋の扉が開いた。そこには外行きの服に着替えたアレンの姿があった。
「ディーネ、何ぼーっとしているんだ。早く準備しろよ」
「え、あっ……何の準備……」
「何の準備って、グランシーヌに行くんだろう。急ぐぞ」
意外過ぎる展開にディーネも珍しく混乱してしまったが、すぐに持ち直し、
「はい! 五分で準備します」
そう言ったディーネの目には涙が溢れそうだった。次元袋を取り出し、店の商品棚から次々とアイテムを放り込んでいく。そして五分ぴったりで準備を終えて、アレンを見る。アレンはすでに険しい顔で店の入り口を睨みつけていた。その先にあるグランシーヌを見据えたように。
ディーネが準備を終えたのを確認すると、店の外にしばらく店を閉めますという貼り紙をつける。
「よし、いくぞ」
アレンとディーネは町の外に出る。レクレールからグランシーヌまでは馬車を使って六日〜七日間はかかる。さすがにアレンでもその距離を走って向かうなど不可能だ。それにエリーが町を出て既に六日が経っている。一刻も早くグランシーヌに着く必要があった。
アレンはディーネを呼ぶときのようにある名前を口に出す。
「ロックック!」
すると美しい純白の羽根を持つ、小さな鳥が二人の前に現れた。
「久しぶりだな、ロックック」
「お久しぶりです、主様。最近呼んでくれなくて寂しかったですぞ。それに呼ぶときはクックと呼んでほしいといつも言っているであり ます」
パタパタと羽をはばたかせ、アレンの肩に乗る。見た目は鳥であるが、可愛らしい女の子の声で言葉を話す。この鳥もアレンと契約を交わす精霊である。
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