第36話 契約解消です!

 するとディーネは、

「いけません、ダレンさん。ちゃんとお支払いしますから。アレンに叱られてしまいます」

 ダレンは人差し指を立て、内緒ですよと言わんばかりに、自分の口の前に持っていく。

「これくらいさせてください。アレン様の恩に報いるにはこれっぽっちでは全然足りないのですから。それともディーネ様は私に借りを返せないまま日々紋々として生きて行けというのですか?」

 その言葉にディーネは諦めたように、

「分かりました。でもこれで最後ですよ。アレンも借りを作ったなんて少しも思っていませんから」

 ダレンは頷く。

「えぇ、そうでしょう。アレン様はそういう方です。でもあの方がいなければ、この店だけでなく、この町自体もこんな平和でいられ なかったでしょうから。町中の人皆が感謝していますよ」

 ディーネはそう言われ、自分のことのように誇らしくなる。

「ふふふ、だったらうちの店も繁盛してくれたらいいんですけど」

「この町にはギルドどころか冒険者もほとんどいませんからね」

 ここまで大人しく話を聞いていたエリーが口を開く。

「アレンって何をしたの? さっきも聞いたんだけど、たいしたことじゃないって教えてくれなくて」

 するとディーネとダレンは顔を見合わせ、ダレンが小さく首を縦に振る。

「この町は以前、無法地帯といっていいほど荒れ果てていたんですよ。この町を統治していた権力者がろくな男でなくてね。簡単にいうとアレン様が全て解決して、ごらんの通り平和な町になったのです。それに先ほどの様にトラブルがあれば、迷いなく助けてくれる。それがアレン様ですよ。素敵な方を相手に選ばれましたね、エリー 様」

 そう言ってダレンがにっこり笑うと、エリーは慌てて、

「ち、ちがいますよ。私とアレンは別にそんなんじゃないです。今日はごちそう様でした。私も先に店に戻ります」

 顔を真っ赤にしたエリーは、ダレンに礼をして逃げる様に店を後 にした。その様子を見届けると、ダレンがぼそりと呟く。

「似ていますね。あの方に」 

 ディーネも同じように呟く。

「えぇ、とても」

 ディーネは再度ダレンに礼をいうと、歩いて店へ戻った。

「あの二人少しは進展しましたかね。アレンは奥手ですし、エリーさんもおそらく恋愛初心者ですからねぇ。ランチ一回じゃたいした ことも期待できないかぁ」

 これからどうしようかと考えながら、店に着くと、エリーが帰り支度をしていた。

「あら、エリーさん。もう帰られるんですか?」

「えぇ、あまり長居もできないしね。アレンも寝ちゃっているみたいだから邪魔しないように帰るわ」

 エリーは少しの休暇を取って、レクレールに来ていた。騎士団長の仕事は多忙だ。団長になってからというもの、エリーはまともに休暇を取ることはなかった。それが今回初めてまともな休みをとった。ほとんどを移動に費やした休みだったが、不思議と満足感を感じていた。

 そもそもこの町に来たのは、アレンを騎士団長にするという目的だった。今までのエリーなら、それが敵わなかった事で無駄な日々だったと思い、不機嫌になってもおかしくなかったはずなのに。そしてこの町を離れがたいとも感じるようになっていた。

 が、エリー にはやるべき事があった。もちろん休んでいた分の仕事も山のよう にあることは優に想像でき憂鬱にもなったが、ある固い決意をもってグランシーヌに戻ろうとしていた。その決意を持った目にディーネは不安が浮かぶ。

「エリーさん。駄目ですよ!」

 その言葉に微笑むだけでエリーはエレールを出て行った。閉まる 扉を見ながらディーネは、

「大丈夫かしら……」

 悪い予感しか起こらなかった。

 そして一週間がたった。相変わらずアレンとディーネは暇な毎日を過ごしていた。アレンに至っては、あのレストランに行った日以来、外に一歩も出ていない。まさに引きこもり状態になっていたある日、

「おい、ディーネ」

「…………」

「ディーネ! ディーネさ〜ん。お〜い!」

「…………」

 アレンはカウンターにいつものように座っているディーネに声を かけるが反応がない。今日だけでない。ここ一週間度々このような状態になる。カウンター越しに顔を合わせ、呼びかける。

「ディーネ!」

 ディーネはハッとして、アレンの顔を見る。

「目ヤニついていますよ」

「えっ、うそ」

 ディーネから顔をそらし、後ろを向いて目ヤニをとる。そして再び振りかえる。

「最近ボーっとしすぎじゃないか? 悩み事か? 俺にできることがあったら、何でもやるから相談してみろよ」

 その言葉にエリーの目が光る。

「言いましたね!」

 ディーネは立ち上がり、カウンターから身を乗り出し、強い言葉でアレンに放つ。あまりの圧力にアレンはたじろぎながらも、

「で、できることならだぞ」

「簡単なことです。王都グランシーヌにいきましょう」

 アレンは即座に反応する。

「却下!」

 しかし今回はディーネも引かない。

「アレン、先ほどできることならやると言いましたね。これは契約です。私達精霊にとって契約がどれほど重要かアレンは知っているはずです」

「そんな大げさな……」

 今までこのようなことは度々あった。部屋を掃除すると約束してやらなかったり、買い出しに行くと言って、寝ていたり。しかし契約という強い言葉を口にしたのは初めてだった。

「大げさではありません。契約を破るとなると、私も考えなくてはなりません。もしアレンがグランシーヌへ行かないというのであれば、契約違反ということで私はアレンとの主従関係を解消したいと 思います!」

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